水鳥1



!続く

昔の水鳥は、男の子の話題なんて滅多に出さなかった。それはもう、必要最低限レベルのものでいつまでも、いつまでもこんな日々が続くと信じていた。……信じていた。だけど、そんな日々はあまりにも脆弱だった。ただ一人の男の子によって何もかもが破壊されてしまった。私は水鳥の一番じゃなくなった。私の部屋のベッドに腰掛けて、水鳥が幸せそうに目を細めた。
「天馬が……」
今日も話題にするのは天馬とかいう男の子の話題。何度か私もその子を見たけど、元気な普通の男の子だった。廊下ですれ違った、とかレベルのものだけど……。彼の何が特別なのか……私には理解に苦しんだ。言っちゃ失礼だが、私には魅力のある男の子に見えなかった。多分、水鳥のように彼に好意を持っていたならば、魅力的な人間に見えたのだろう。



「……そうなんだ」
適当な相打ちを打つと、水鳥は嬉しそうに話を続ける。昔はこんなことなかったのに……。水鳥に好きな子が出来なければいい、とか思っていた。
「……なぁ、名前。聞いているか?」
不意に水鳥が怪訝そうに、眉を顰めて私を覗き込んだ。後半の話を聞いていなかった。聞きたくなんかなかった。だって、天馬のことでしょう。どうせ。私も天馬になりたい。彼女の心の中にいたい。私が天馬とかいう男子ならば、私は水鳥を幸せにしただろう。世界中の誰よりも、彼女を大切にしただろう。でも、私は天馬になれないし……天馬になって水鳥に愛されたとしてもそれは、天馬であって……私ではない。



「うん……きいているよ、天馬がどうしたの?」
聞いてもいなかったくせに天馬のことだろう、と勝手に思って朦朧とした意識で微笑んだ。水鳥の顔には怒りが含まれていた。目をつりあげている。
「やっぱり、聞いていないじゃないか!」
怒気を含んだ声色に、身を固くした。てっきり、また天馬とかいう男子の話だと思っていたのに違うらしかった。
「ご、ごめん。ちょっと上の空で……その」
苦し紛れの言い訳は、しどろもどろで自分でも白々しいと思った。
「いや、もういいよ。……最近名前が元気ねぇーなーって話していたんだ。なぁ、私のせいか……?」
眉を八の字のように下げて、不安げに私のことを覗き込んでいた。ピンク色が視界の隅で流れる。ああ……気づいていたんだ。水鳥は……。私の乏しい脳みそが切ない、と訴えかけていた。感情が逆流してしまいそうだった。水鳥……私はね貴女が大好きで堪らないの。ぐっ、と言葉を飲み込んでうわ言のように、呟いた。



「違うよ……大丈夫、大丈夫だから……」
「そーかぁ?なんかあったら、いつでも言えよ?友達だろ?」
「……うん」
水鳥も友達だと思ってくれていたことが嬉しかった。だけど、聞きたくないな……と思っていたことでもあった。友達だといわれて認めてしまえば、それ以上には進めない。感情が逆流して、泣き叫んでしまわないうちに……さあ、終わりにしようか。
「有難う、水鳥」



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