佐久間



私は本当に目が悪かった。恐らく眼鏡なしではこの世界を生きていけないだろう。これは、大げさでは決してなかった。ぼやけた視界にぼんやりと浮かぶ輪郭と銀色に私は相手を佐久間次郎と認識した。彼の見た目は特徴的だから、間違ってはいないだろう。「見えるか?」佐久間君が先ほど私の眼鏡を取り上げたのだ。自室だから別にそこまで支障はないが視界が悪いのは、どうしても不便だった。「何も、見えないよ。此処からじゃ佐久間君の顔も見えない」私が正直に言うと佐久間君が笑った。顔のパーツは全てぼやけていて何も見えないが笑い声が聞こえる。さっさと返して欲しいものだ。レンズの分厚さから、私の目がかなり悪いのは察せると思うのだが。「へぇ、俺の顔も見えないのか」



佐久間君が何を考えたのか、私に顔を寄せた。私は一瞬それに怯んだが、すぐに驚き体を離した。そんな私の腕を佐久間君が掴んだ。「待てって。これだけ近づいても見えないのか?」純粋な興味だったらしい。私は首を横に振った。目を細めればようやくある程度見えるが目を細めなければ、あまり見えない。「凄い目が悪いんだな」佐久間君は普段眼帯をしていて、片目で過ごしているからよほど目はいいんだろうな。それが少しだけ羨ましかった。片目で過ごせるほどいい目に、私も戻りたい。佐久間君の顔がまた少しだけ近づいた。息がかかる。「これなら、見えるだろ?」「うん。見える見える。流石にこれで見えなかったらだいぶやばいよ」僅かにある小さな空間。私と佐久間君を隔てるものは、何もない。此処まで近づけば流石にクリアに見えるが、身じろぎもできない。少しでも動いたら、佐久間君にぶつかるかもしれないし、動いてはいけない気がしてならなかった。佐久間君が意地の悪そうな笑みを浮かべた。ペタリと佐久間君のひんやりとした両手が頬に触れた。そして、間を置かずに唇を私の唇に押し付け、すぐに離した。吐息が漏れた。「こんだけ、顔を近づけても名前は意識してくれないんだな」がっかりしたような、挑発するようなそんな複雑な表情が鮮明に見えた。



そんな、はずはない。からかっているだけだ。そう、思いたかったのに。佐久間君がそんな私に追い討ちをかけた。「俺ばっかり意識して馬鹿みたいだろ。名前のことが好きなんだよ」桃色に染まった頬と、外した視線。これは、本気と捉えていいですか?今更になって馬鹿、冗談に決まっているだろ!とか言われても遅いよ?

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