藤丸



道の端の方で苗字さんが座り込んでいるのが視界の端に写った。よく見かける、通学鞄が足元に置かれていてまだ、帰ってないのかな、と簡単に予測できた。相変わらず僕の気配には気がつかないのか、はたまた気がついていて僕を無視しているのか丸まった背中を向けたままだったので、僕は声をかけることにした。無視されたままでは、僕も切ないから。気がついていないだけならば仕方がないけれど。「苗字さん、何してるの?」僕が後ろから声をかけると、苗字さんがキャッ!と女子特有の短い、悲鳴をあげた。悪気があったわけではなかったので、僕も少しだけつられて驚く。「うわっ!び、びっくりしたぁ……って、なんだ啓か」僕の姿を確認すると、ほっとした顔が僕の瞳に映った。ちょっと「なんだ」の部分にひっかかったけどまぁ、いいや……。大事な部分はそこなんかではないのだから。「ニャー」



下の方から、猫の甘えたような媚びた鳴き声がして僕が苗字さんから地面のほうに目を向けると小さな、三毛猫が居て僕の足元に擦り寄ってきた。どうやら、苗字さんはしゃがみこんでこの猫と遊んでいたらしい。野良なのか、飼われているそれより少しだけ痩せていたが、人なれしているらしく僕にも苗字さんにも警戒をする様子もなく甘えてくる。僕のうちでは何も飼っていないから、少しだけ戸惑った。動物は嫌いではないけれど……。「苗字さん猫、好きなの?」



「うん。なんか、啓は猫に好かれているね」苗字さんが普段学校なんかでは見せないような柔らかい表情を浮かべて猫の、背を優しく撫ぜる。その表情に驚いた。そんなデータはない。僕も少し驚いた。こんな素敵な顔をする人なんだ。苗字さんは。いつもこんなかんじなら、周りが放っておかないだろうな。僕も含めて。「ニャーニャー」猫も、目は細めて気持ちよさそうに見えた。気ままに尻尾の先は空に。僕は多分、苗字さんのことを忘れられないだろう。

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テーマ「人外ファンタジー」
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