くたびれた友情



何処か飄々とした彼女に思いを告げられた時、私は拒絶することが出来なかった。それまでは同性の友達の中でも仲のいい友人だった彼女、スキンシップが多かったとはいえ、まさか同性愛者だとは思いもよらず。私にはしん様が居るというのに(それを名前さんも知っていたはずなのに、ずるい)、何を恐れてか「いや」とキッパリ言えなかったのだ。どうして言えなかったのか、今となっては分からずじまい。普段は自分の意見を言える方であるのに。恐らくは、名前さんは知っていた。私が名前さんを完璧に拒絶できないことを。あそこで、私がキッパリと彼女を拒絶していたならば、こんな気持ちにはならなかったのだろうか。たとえば、彼女が男だったならば。私はきっと躊躇わなかったのだろうか。同じ性でなければ、此処まで背徳感は存在しなくて、当然の摂理だと受け入れられたのだろうか?名前さんはいつだって、辛そうに長いまつげを伏せて「大好きだよ、茜」って言ってくれるのに私はしん様を心の片隅に置いたまま、忘れられずに彼女の愛情に応えてあげることができない。一度たりとも、だ。



だから、いつも寂しそうに「大好きだよ」ってもう一度囁くように掠れた声をあげて閉塞されたままのこの終わりのない、行動を繰り返すのだ。何度も何度も、私が言葉を口にできずに黙って見つめる中で。それは一つの儀式のようで、終わるまで微動だに出来ずに息をするだけだった。「……茜、茜……」今日も辛そうな声が聞こえる。だけど、この辛そうな声を作り出す元凶は私だ。名前さんを苦しめて、終わりのない袋小路へ追い込んでいるのは紛れもなく。(この私なのだ)「ごめんね、茜」「え、」いつもの愛の言葉の代わりに、謝罪の言葉を口にした。初めての事であった。口を軽く開けたまま、何かを探すように動いたがやがて言葉を見つけ出して「私は知っていた、貴女が拒絶できないことを知っていた」と私が推測していたことを、呟いて弱弱しく首を振った。やっぱり知っていたんだ、と憤るよりもどうして?という気持ちが勝る。



「もう、終わりにしよう」何が終わりなのだろう(この関係?きっと、多分そう)。地べたに座り込んだまま私の部屋の外から聞こえてくるカラスの鳴き声が耳障りで、何故か心がザワザワと音を立てた。理由が見つからない、わけのわからない不安感に押しつぶされそうになる。名前さんが私の前に膝をついて抱きしめた。それから、初めて私にキスをしたときのように淡い口づけを交わす。身じろげば簡単に、無かったことになるような淡い物。それでも、拒絶しなかった。(できなかった?)「愛しているよ、茜」



それから、拘束を簡単に解いて立ち上がる。西日をバックに彼女が吹っ切れたような顔をしていたのが目に入った。平然と愛の言葉を吐くのは変わらない。だけど「愛している」とは一度も言われたことが無くて、私が戸惑い何も出来ずにいたら名前さんが小さくはにかんだ。「いつまでも、茜を縛る権利はないわ。それに、茜の僅かな心の隙間に無理矢理入っても、所詮私は神童には、なれない。敵わないなぁ……」あんな、なんでもできるような男と競うつもりは最初からなかったけれど、それでも……茜の心に少しでも私と言う存在を入れてほしかった。ゆっくりと、私に理解できるスピードでまっすぐに見つめたまま喋った。「名前、さ……」「……さようなら、茜」



あの寂しげな笑顔を最後まで絶やさずに私の部屋から小さなショルダーバッグを下げて、出て行った。後に残ったのは乾いた、扉の音だけで耳の奥で虚しく反響し続けた。いつまでも無償の愛なんて貰えるなんて思ってなんかいなかった。永遠なんて存在しないことも。私にはもうしん様と同じように心の大部分を占めている、名前さんが居なくなったことだけはわかった。追いかけることはできなかった。どちらかを取捨選択できなかった弱虫で、名前さんを苦しめた私にはお似合いの結果だと思ったから。「す、き」しん様が好きなのか、名前さんに心を奪われたのか、もうわからない。ただ、自分勝手にも名前さんのいつもの言葉が聞きたいと思った。一度も私から言うことが無かった、愛の言葉は涙交じりだった。


title 箱庭

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