おでこ



「セインさん、セインさん。頼みがあるのですが、いいですか?」名前が、キラキラと目を輝かせて我を見ていた。純粋で無垢な穢れを知らない目だ。だが、しかし、何をそんなに期待されているのか、わからなかった。「……どんな頼みだ?」取りあえず聞いておいてやる。名前が我に頼みごとなど珍しいからだ。若しかしたら、我にしか出来ないような頼み事なのかもしれない。ついつい、名前を甘やかしてしまいたくなる。天使としてはどうかと、思うがな……(この贔屓が……)「……セインさんの、おでこにデコピンさせてください」「はぁ?!」思わず大声を出してしまった。自分が此処まで大声を張り上げた記憶は此処、最近ない。「いやぁ……こう、いいおでこしているなぁー……と常日頃思っていたんですよぉ」そんな我を、大して気にも留めずに名前はほぉと少し熱を帯びた息を吐いた。我は思わず額を隠すように、押さえた。自分の額に危機が迫っている気がする。「貴様は我をそんな目で見ていたのかっ!」



「破廉恥だ、と言いたげな目で見るのはやめてくださいよ。別に、たいしたことないじゃないですか。一回くらいいいでしょう?」手をデコピンするような形を作って、ニコニコ笑っている。あいつは、悪魔か。「駄目に決まっているだろう!」「……そうですか。じゃぁ、定規とかでやるならいいですか?」「なお悪いわ!」そっちのほうが痛そうではないか!何を考えているんだこいつは。天使にデコピンだと?!ふざけるのも大概にしろ。「セインさん……私は貴方の、そのおでこに惹かれていたのです」「何っ?!我の額だけだと!」「セインさんの好きなところ一番はおでこです」……言い切った。こいつ、言い切った。泣きたくなってきた。てっきり相思相愛で、将来は我の花嫁だと思っていたのに。これだから人間は嫌いなんだ。「何、泣きそうになっているんですか?」心配そうな目で我を見る名前。そうだ、我はこいつの優しさに惹かれたのだ。「貴様のせいだ、貴様の……」今はその優しさすら痛いというか……信じられない。こいつが我の額を前々から狙っていたという事実が……。「ねぇ、セインさん。私は、セインさんが好きですよ。ただ、セインさんのおでこが、気になって気になって仕方が無いんです」そういって我の額をぺチンと叩いた。ああ……我ながら、いい音だ。甘い言葉に惑わされて、額のガードを緩めたのが敗因だろう。三日月のように、口元を歪めて名前は満足気に笑う。



「これで、満足か?」「ええ。満足です。デコピンは出来ませんでしたが。しかし、いい音でしたね」名前少し赤くなった我の額を、慈しむように撫ぜた。その手はまるで、先ほどと同一のものとは思えない程優しかった。「いいおでこですね」「褒め言葉には聞こえん……」優しいその掌と、顔を見るとどうしても憎めない。とはいえ、やられっぱなしは性に合わん。我は名前の前髪をあげて、額をあらわにさせたところでデコピンを食らわせてやった。間が抜けたような声と、名前の驚いた顔、中々見ものだった。しかし、まぁ……お相子だろう?

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