無題



「この世界はあまりにも私に優しくないわ」唐突に彼女の唇から発せられた言葉は、そんなの当たり前だ、と思った。そりゃー、俺にとって最高に優しい世界で都合がよければ最高だとは思うけれども。そんなことできるわけがない、皆そんな世界で生きているのだから。俺がそう言おうと口をあけたが、それよりも先に名前がまた言葉を紡ぐ。「それはね、私に都合の悪い人間が居るからだと思うの」「……成るほど」何かゾッとするものがあったから俺は取りあえず同意しておくことにした。都合の悪い人間。その言い方がとても引っかかった。



「たとえば、私が大嫌いで、害をなす人間。これは、私にとって邪魔な存在でしかない」誰とは言わないけれど、と名前は笑った。何処か普通じゃない笑い。俺も釣られて笑った。楽しいわけじゃないけど。「風丸はどう思う?そういう人間がみーんないなくなっちゃえば平和だと思うの」そういって、名前は天を仰いだ。空はこんな物騒な会話をしているというにも関わらず澄み渡って何処までも何処までも青かった。そうだな、空にはこんな会話関係ない。



「それは……」否定も肯定も出来なかった。俺には名前を納得させるだけの素晴らしい言葉を持ち合わせていない。そもそも、名前はどんな回答を望んでいるのか。「困らせちゃったね、ごめんね。じゃぁ、もう一つ聞くね」名前は詫びたあとに何処か暗い瞳を細めて、笑みを浮かべた。「風丸は私のことどう思っている?」え?今までの会話となんか違うぞ。と俺は、名前の顔を見つめた。それに、名前は気がついたらしくハッとしたあとに直ぐに言い直した。「あ、ごめん。変な意味じゃなくってね」先ほどの笑みとは違う、照れたような照れ笑い。ほんのり頬が染まっていた。「あ、あぁ。そ、そうだなー。いい奴だよな、この間も俺休んだときにノート貸してくれたし。凄く見やすくって助かった。あと、料理もうまいよな。前貰ったクッキーとか」



大体本心を長く述べてやった。あいつは慣れていないのか、困ったように顔を手で覆った。自分から言えといったんじゃないか。と俺は少しだけむっとした。「そ、そっか!有難う。……風丸は……じゃ、ないのか」後半の言葉は殆ど独り言のように呟いていたから聞こえなかった。そのあとはこんな会話をすることもなかった。ただ、気になるのは此処最近クラスの数名が失踪してしまったり、事故に巻き込まれていることだ。ふ、と思い出すのはあの時のあの会話。名前がやったという確証なんか勿論ない。俺は名前にとって都合が悪い人間ではなかったのだろうか。

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