ネイキッド



(剣が君のシグラギ)


道中で人さらいに遭った。人生をこんなに呪ったのは初めての事だった、この時の為に武芸を嗜んでいたのに、まるで役に立たなかった。奴の鎖鎌には苦戦を強いられてこのざまである。はぁ、と深い溜息を吐いてこれからの行く末を案じる。そして、頭巾を被っていてわからなかったのだが、奴らは鬼族であるという事である。もう、死んだも同然である……。鬼族の大半は、人間を恨んでいるし私たち人間も鬼を恐れている。あのシグラギとか言う男も本当は下賤な人間になんか触りたくも無い。とか言っていたし、いっそ、過剰な暴力とか受ける前に舌を噛み千切って自害した方がいいのかな……父様、母様は悲しむだろうなと胸を痛めながら。



そんなほの暗い感情をグルグル渦巻かせていたら、いつの間にか目の前にシグラギが居て、食べ物を持ってきたのだろう。おにぎりを乗せた皿を突きだしていた。「食え」「は?」「は?じゃない。お前に死なれたら面倒だと言っているんだ」どうやら、殺す気は今のところはないらしい。僥倖と呼ぶべきか否か……。シグラギの桜色の長髪が、何処からか吹いてくる風にゆらゆら揺れている。「あのー、手ぇ縛られていて食べたくても食べられないんですが」「……ちっ」舌打ちされた。刀も取り上げられているし、仲間も大勢いるし多勢に無勢であることを理解しているらしく、シグラギが漸く昨日からきつく荒縄で縛られっぱなしだった、両腕を解放してくれた。



頂きます、と手を合わせておにぎりを頬張る。程よい塩気と中に入っていた梅にちょっとだけ嬉しくなって二つ目に手を伸ばす。「……、お前、毒が入っているとかそういうことは思わないのか?」シグラギが問うた。はっ、としたときには遅かった既に、おにぎりは胃の中だ。「毒……?」顔がだんだんと青白くなっていく。噛み千切るより先に死ぬ羽目に成るとはと、迂闊だったと後悔していたら。見下したような笑みでは無く、純然たる笑みで「ふっ、冗談だ」とシグラギが言った。冗談にしては悪質だ、と恨めしく思いながら差し出された水を飲む。此処いらで沸いている湧水だそうで、よく冷えていて美味しかった。



「……」シグラギが文とにらめっこしている。心なしか焦りと言うか、やばいって顔をしている。どうやら、自分より立場が上の者からの文らしい。ひょっこり顔を覗かせてみれば、ミミズが這いつくばったような達筆な文字が書かれていた。……解読班を読んだ方がいい気がするのだが、シグラギはこれを一人で毎回、解読しているのだろうか……。「斬鉄様の字は相変わらずだ……しかし、口が裂けてもこんなことは言えん……」どうやら、鷹を飛ばして文をやり取りしているらしいのだが……これはシグラギに同情を禁じ得なかった。シグラギがうーんと唸りながら何とか解読したらしく、返信を書いている。シグラギの字は整っていて読みやすい。シグラギが鷹の足に文を括り付けて送り出す。どっと疲れているように見えるのは多分気のせいではない。



はぁ、しかし、このまま刀を持たずにいたら体が鈍ってしまいそうだ。シグラギに言っても返しては貰えないだろうし、かといっていつ帰れるかめども立たないわけで。正義の味方も何も居ないわけで。「辛気臭い顔をするな、気が滅入る」「体が鈍りそうだなぁ、と」「本来、女など刀を振り回すようなものじゃない、黙って守られていればいい」男尊女卑……仕方ないけど武家の一人娘としては、親だって本当は男に生まれてほしかったはずだ。男だったらこのシグラギとか言う鬼族にも負けなかったのだろうかとか思うと悔しくなってきた。「……黙って俺に守られていればいい」「?」その言葉の意図が汲めずに私は首をこてんと傾けてしまった。

Title 箱庭

戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -