チョコレートはもう溶けてしまった
  



名前は好きだ。気が向いたのかよくわからないけど、たまにスワローで美味しいパフェとかチョコレートだとか飴だとかくれるから好きだ。そういうと物だけでしか彼女を見ていないようだけど、実際問題、物をくれはじめた時期から名前が気に成っているので、ある意味、物だって重要な役割を果たしているはずなのだ。そう、きっかけはお菓子なのだから。



ある日の昼下がりに、名前に尋ねた。何故、俺にお菓子を恵んでくれるのか。小隊は違うし(それでもジェノックの仲間には違いない)、いつもはそれほど口数が多いわけでもないし、話だって俺から話しかけなければ殆ど無いと言っても過言ではないのだ。だけども、名前はお菓子をくれる。「……糖分、補給。瀬名はオーバーロードを使える、私とは違う」だから、と言った(私とは違うってなんだよ、私とはって!あー。もうなんか、むしゃくしゃする。勝手に境界線弾いてこっちに入ってくるなって言われた気分だぜ)。それからはまた、無言で次のウォータイムに備えてだろう、美味しそうなハンバーグをナイフで一口大サイズに切り分けて口に入れた。俺も美味しそうに見えて、一口くれって言ったら、また一口サイズに切り分けて、使っていなかった別のフォークで刺した。あーんして、と言われたので黙って口に入れて貰った。傍から見たらどんな関係に見えるのだろうと少しの期待で胸を躍らせた。つかの間であった。



しかし、がっかりしたのも、また、事実であり本心であった。俺へお菓子やらを恵んで優しくしてくれる理由が、オーバーロードを使えるからであって、また体を十分に癒すのに当分補給がいいと言われたためだなんてがっかりにも程があるぜ。って、俺は何に対してがっかりしているんだろう?大体、名前とは親しいとは言い難いじゃないか。名前だって、俺の事はアラタとは呼ばずに瀬名と苗字で呼ぶし。名前が俺に微笑みかけてくれたことなんて一度もないし、きっと今日のだってあまり深い意味はないだろうし、俺がオーバーロードを使えるから特別視してくれているだけなんだろう、そうに違いない。じゃあ、発想を逆転させればオーバーロードの使えない俺はゴミ同然で、名前と会話すらなかったのだろうか?つら。そんなことを悶々と考えていたら(予想だけど、百面相でもしていたのかもしれない)同室のヒカルにだいぶ不振がられて顔を顰められてしまったけれど、なんだかこの事は口にしてはいけない事のような気がして俺は、口のきつく結んだまま唸っただけにとどめた。



その内、この気味の悪い感情も消え失せてもやもやも晴れるであろうと予想していた。空だっていつまでも曇天模様ではないし、いつかは必ず晴れる(たまに雨を降らして、雪も降らして、雷を鳴らして)。そうして、世界は回って朝昼夜と表情を豊かに変えるのだから、信じていたのだ。だけど、どういうことだ?いつまで経っても、もやもやは晴れなかった。いつまでたっても、針は同じ数字を指示しているだけなのだ。「あーもー、なんだよ、瀬名って!」瀬名だったら、俺の一族皆、瀬名だぜ!?喚き散らしたって、返事は返ってこない。だけど、それでよかったのかもしれない。ヒカルに煩い、瀬名はお前の名字だろうと言われた。俺は言い返せなかった。だってよーとか、いつもだったら、口答えしていただろうに。



「瀬名。チョコ要る?」名前がまた、俺に何かを恵んでくれるらしい。俺はまた、名前のことを考えていたのでびくっと肩を大きく揺らしてしまった。授業中に落書きして遊んでいたノートをしまって、俺はもやもやを携えたまま少しだけ睥睨してしまった。いつもなら、なんにも考えずに「おう、サンキュ」なんて何も考えずに能天気みたいに受け取っちまうんだろうけど、今日の俺は違った。「要らない」って。チョコを突っぱねた。名前の顔を覗き込んだ。敵愾心があるだとか疎意だとかそんなつもりは無かった、だから伺いこんでしまったのだろう。「……そう」名前の反応は一瞬、傷ついたような吃驚したとかそんな様子だった。だけど、それもすぐにいつものすましたものになって、気のせいだったかもしれないと思ってしまった。



「あー、もう」もっと別の反応をきっと期待していたのだと思う、それから「あんな顔をさせたかったわけじゃないのに」俺の馬鹿。とか今更心の中で沢山、罵倒をしても遅かった。俺の扱い粗略じゃないか?そんなにどうでもいいのかよ。本当に俺のオーバーロード以外興味ないんだなと身に染みてわかってしまった。こんなこと知りたくなかった。



「瀬名、ごめん」名前が放課後に、授業道具などを片付けている俺に近寄り俯き加減にそう言った。「瀬名を不快な、気持ちにさせた事、詫びる。……別にオーバーロードの為とかじゃなくて、言葉足らずで、悪かった。それだけ、じゃあ」「あ、おい!」名前の腕を捕まえようとした手が、何もない空気を掴んだ。掴んで何を言うべきかとかわからないのだから、捕まえなくて正解だったのかもしれない。俺はよく、頭でその後のことをシミュレートしない。悪く言うなら、考えて行動をしていないということになる。



漸く帰る頃に準備を終えて、玄関先で靴を履きかえている名前の小さな背中を見つけた。俺は後ろからトンと叩いて申し訳なさそうに笑った。「あのさ、この間のだけど、俺も悪かったよ。……で、なんだけど、俺の事は瀬名じゃなくてアラタって呼んでほしいかな……なんて」「……わかった」そうやって、縮めてゆくのが、むず痒くて。だけど、悪い気はしなくて、俺は瀬名じゃなくてアラタになって。自然と笑みが零れていった。

title エナメル

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