ぐっばい、まいふれんど
  



私には友達をやめたい相手がいます。でも、相手は友達だと思っていてくれているようなので私たちは表面上、仲のいい友達同士だ。小隊は違うし、きっと人種も違う。だけど、食事をとるのも同じだし、同じ仮想国だし、一緒の部屋だ。バネッサは少々男勝りだけど、人の気持ちには敏感らしく私の僅かな心の揺れを察知して私に尋ねてきた。「どうした、調子でも悪いのか?」「ううん」「次のウォータイムにロストしないように、気を付けろよ。最近はバンデットが暴れまわっているからな。本当にあれはただの賊だな」他国と協力してまで討たなければならない共通の敵なのだから、困る。



私はバネッサが嫌いじゃない、寧ろ好きだ。それなのに、友達をやめたいなんていうのは可笑しな話なのかもしれないが、ああ、私はそう。貪欲なのだ。あさましい人間なのだ、欲が先行してしまうのだ。だから、友達をやめてしまいたいのだ。この何とも言えない距離感は友達としての距離感であって、ある意味で決して、埋められない溝が存在するのだ。異性なら或いは、その溝を土で埋めることができるかもしれないのだが、私たちは同性なので生憎、土が存在しない。詰まり、溝は一生出来たままだ。永久に、それは深く深く落とし穴の如く、そこから仄暗い手を伸ばし私の足を掴もうとしているのだ。



友達としての距離は近くて遠くて触れられそうで触れられない。中々にえげつないことをしてくれるじゃあないか。私が男ではないというだけでバネッサを好きと言う気持ちを封印しなければならない。ならば、最初から友達に成らなければよかったのだ、バネッサの事など空気の如く扱って険悪のムードのままでいればよかったのだ。ああ、選択肢をまた間違えた。私は肝心な時にいつも、選択肢を誤る。それは天命なのかもしれない。



何故友達と言う、間柄に甘んじねばならないのか。それは同性だからである。性別の壁を此処まで大きく感じたことはない。最近はあたしのその邪な気持ちを感づかれたか、妙によそよそしい。友達、繰り返し口にすれば呪縛の様に、あたしを苦しめる枷に成る。足かせは未だについたままだ、動けないし、何処にも行けやしない。自由を奪われた動物だ。たまに、名前がロストしてしまえばいいのにとすら思うのだ。あんまりだと周囲は言うかもしれない、友達になんてひどい事を思うんだこの悪女はと罵るやもしれない。だけど、遠くに追いやらねば何れは同室の友達を襲うかもしれない。キス、愛撫、若しくは更に上か。どちらにせよ、嫌われてしまう事柄だ。



若しも、名前に嫌われてしまったらあたしは、生きてなど行けなくなる。ならば、先にあたしの目の前から失せてしまえばいい。それがロストならば何よりも自然な形で想いごと断たれるだろう。一人ぼっちの部屋はさぞや寂しいだろうが、名前の残り香を感じ取りながら、名前を思い名前の居たぬくもりを消さない様にベッドに転がるだろう。あたしは、名前を愛している。……あたしには友達をやめたい相手がいる。それは紛れも無く名前だ。

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