つれていくなら煉獄までも2




人殺し表現。夢主は死ぬ。


呉の国を落とした。火が舞う、激しい戦だったのを覚えている。人々の、怒声や罵声、土埃と錆びた鉄のような匂い。それから、人の肉のこげる匂い。全ては全ては名前様のために。海はただ、さざめく。降伏、捕縛した武将たちは項垂れ、皆が皆同じような絶望と諦めの表情を貼り付けていた。名前様が私に全ての将の、運命を握らせた。いわく「う〜ん……?処遇?よくわかんないや!張遼なら、いい武将と、悪い武将わかるよね?」とのことだ。私は一人ひとりの瞳を見て口ひげを撫ぜた。皆殺しでも構わないと思った。名前様に楯突くものはひとり残らず首をはねてしまえばいい。と思った。


「ちっ!名前の野郎に何でそこまで肩入れするんだ!!あいつは頭がいかれてやがる!自国の民をなんだと思っているんだ!内戦だってたえないだろうが!」鈴の音がチリチリと耳障りに鳴る。目の前に刃を振り下ろした。惜しい武将だ。口が悪いのは賊あがりからか。名前様を侮辱するものは許さん。「……」無言の威圧と、殺気をあててやった。次は無い、と瞳で教えてやる。口を慎め。賊が。それに耳障りな鈴の音が音を立てるのをやめた。「……あのお方は、純粋なのですよ、甘寧殿……。善悪の判断など出来てはいない。そう、この世界の誰よりも純粋なのです」賢そうな小柄の男がそう喋った。二つの剣はもう握られていない。戦場で舞う彼の火計には随分と、参ったものだ。だが、それも過去の話。私の腹と、腕にやけどを負わせたことを私は怒っていない。名前様が傷つかなければなんら問題は無いのだ。「……貴殿は物分りが良いな。そうだ、名前様に邪気は無いのだ」顎鬚をさらさらと撫ぜて、男の双眸を見つめた。強い意思をもつ鋭い瞳だ。……使える。この男は使える。そう直感的に思った。



牢から出てきた私に、男が話しかけてきた。鎧を纏った屈強な男だった。戦場で幾度か見かけたことがあった、そう記憶が告げていた。「……何用か」私が短くそういうと男は品がなく笑う。教養とは大きく無縁だった。「張遼殿は、何故に主君に仕える?俺は、両親を我が主君に殺された。否、手を下したのは貴公……そなたよ。何故に、何故に……?貴公もあの女に殺されたのではないか?両親を。俺にはわからぬ。あの女は妖よ。人を殺すことにも、贅沢をすることにも罪をまるで感じていない」男の下品な、口元がそういった。明らかな怒気を含んでいた。直接手を下したのは私だというのに私に対する怒りというよりは、我が主君に対する怒りだった。めらめらと炎が燃えるようにその瞳は闘志にあふれている、本能的に危ういと思ったがこの男の情報があまりにも少なすぎて私は判断にこまり、細い目を更に細めた。



「あのお方を侮辱するのであれば、私を侮辱することと同じこと。主君に仕える身でありながら、そのようなことを申すのであれば、私がその口を聞けぬように貴公の首を斬るまでだ。あのお方は清く、美しく気高い。そう、私などが触れてはならぬ崇高なる存在。私は幾度も恨んだ。私も同じだ。私の両親を殺した、男を切り殺した。そ奴もまた、私と同じように我が主に傅いていたのだ。そして、今私がその男の立場に成りその男と同じことをしている。それは否定せぬ。だが、私は名前様をお慕いしている」長い言葉を噛むことなく、言うと男が目を見開き開いていた口を引き締めた。「わからぬ……。両親に対して申し訳なくないのか?仇を愛しているようなものだ。なんと哀れな。両親も草葉の陰で泣いておられよう!」「……貴公は勘違いをしておられる。あのお方は“殺せ”とは言わない。全て今まで、私たちが勝手にしたきたこと。そして、あのお方一人にすべての罪を着せようとしているのだ。そう、気がついたのだ。仇を討った後に気がついたのだ」そう、彼女は手を下さないし、命令もしない。ただ自分の理想郷を立てるのに「ちょっと何とかしなきゃな」と純粋に思っただけに過ぎないのだ。私たちが彼女を守るために、斬ったのだ。男は私を哀れむようなそんな視線を向けたあとに、失礼する。と一言いって、背を向けた。私には敵わないと知っているのだ。寝首でもかかない限りは。



その日の夜だった。事件が起きたのは。あの男には確かに危険な物を感じたが、今日の威圧でもうその気はないと踏んで抜かっていたのだ。なるべくならばもう、仲間を手に掛けたくなかったのだ。城内が騒がしかった。夜は、別室にいる私はその騒がしさに飛び起きた。名前様の護衛には、なるべく信頼の置けるものをおいておいたのだが。「何事だっ?!」私が声を荒げて、あわただしく動いていた文官を乱暴に片腕で止めた。文官が顔を歪めて、わからない、わからない。と呟く。ええい、使えない!と私が文官を乱暴に離すと、文官はその場に倒れこんだ。名前様、名前さまっ!どうか、ご無事であれ!名前様の寝室に乱暴に入ると一人の男が、座り込んでいた。周りには、幾人の死体。護衛のものも斬り殺したんだろう。そして床には艶やかな美しい髪を広げて、倒れている愛おしい名前様。月光がそれを、鮮明に映し出していた。「……何を、している」自分でも恐ろしく、感情のない酷い声だったと自覚している。男がビクリと体を揺らした。「……張遼殿か」それは、今日の昼に聞いたことのある声と記憶している。何処か自嘲気味に笑う。男の瞳が鋭い眼光を放った。血塗られた、剣が手には握られていた。赤黒いそれは見慣れたそれで。名前様の周りにも広がっていた。「……貴公に殺されること、覚悟している。俺は貴公に敵いそうもない。俺は名前を恨んでいた。名前は抵抗しなかった。何故だ。純粋な瞳を向けて、俺がそんなことをしないと、信じて疑わなかった」どこか後悔しているような声色だった。憎むべき相手を切ったはずの爽快感が無い。と呟いた。



だらりと、力なく項垂れる頭に私は剣を躊躇うことなく振り下ろした。言い訳を聞きたくない。血飛沫があがって、首が落ちた。そう、花を手折るほどに造作もないこと。「あああああああああああっ!!!」名前様を抱えながら、私は泣き叫び、嗚咽する。獣の咆哮のようなそれを聞いた、者たちが駆けつけてきた。私は獲物を片手にそれらを切り分ける。皆死んでしまえ!死んでしまえ!名前様を守れない屑のようなもの共は生きている資格などない!(それは、私も同じこと)逃げ惑うそれらを男女の性別や身分、果ては年齢までも気にせずに突き進む。



城下に出た頃には、もう服も……何もかもが血みどろだった。「名前さま、名前さま」何度口にしても生き返らない。名前様の首を抱えた私は嘆く。気がついていた。私たちに幸福な幕引きなどありえぬ、と。私は自分の首に刃を向けた。張文遠……名前様が寂しくないよう今、そちらへ行きます。


もう少しだけ、お待ちくだされ。



title.月にユダ



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