生きる約束




「星彩っ!!」星彩と同い年程度に見える、幼い女が駆け寄ってきた。その呼び声に星彩は一度その女に目を向け、乗っていた馬から慣れた様子で下りた。人に慣れているのだろう馬は一度、嘶き大人しくその場にとどまる。「……名前。来てはいけないといったじゃない」眉ひとつ動かさずに星彩が言うと名前と呼ばれた女はシュンと項垂れた。「ごめんなさい、星彩。でも、貴女が、戦に出ると聞いて居ても立っても居られなかったのよ」名前の片手には、少し粗末な剣が握られていた。その手は武器を握ったことがないのだろう。そんなことが容易に想像できた。戦に出た事だって一度もないのを星彩は知っている。「駄目」短くそう言うと名前は顔を歪めた。星彩も簡単に名前を言いくるめられる気はしていなかったが。どうしても名前を戦に連れて行く気にはなれなかった。



「どうしてよ!私、星彩が戦に行くなんて嫌よ!私も連れて行って!」我侭を言う、子供のように聞かない。ビュンと一度剣を構え振り下ろして「私だって戦えるわ」と、言った。その手で人を斬ったこともないであろう名前に星彩は困った。戦力外という意味で困っているわけではなくて、死んでしまうかもしれないという恐怖だった。「それは、私も同じ。わかって。私は国のために戦う。ううん……。名前、ごめんなさい、綺麗事ね。貴女と平和な世界を生きたいから戦うの」そういって、獲物を天に掲げた。キラリと太陽に反射してまぶしい光が満ちた。



「名前と平和な世界で、幸せな未来を築くために」「……星、彩」名前は迷いを見せた。星彩のように強い意志を持ち合わせていない。しかも、星彩は名前のためを思っている。それに気がついたのだ。自分と同じくらいに大切に思ってくれている。「……わかった。でも、」「……でも?」「必ず、生きて帰ってきて。桃の花をもう一度貴女と見たい。買い物も一緒にしたいし……美味しい物だって。ねぇ、星彩……約束よ。本当は貴女を行かせたくないのよ。あんな危険な場所になんて。死んでしまうんじゃないかって、不安なのよ」今に、涙が零れてしまいそうなほどに涙を目に浮かべた名前が言った。「ええ、必ず。生きて帰る……。名前が待つこの蜀に生きて帰るから」名前の手を握り締めて、約束。という。生きている人の温かさをその手に感じ名前は堪えきれずに、涙をぽろぽろ流した。



「泣いちゃ駄目。私は死に行くんじゃない」「うん、ごめんね。星彩……ごめんね」ぎこちなく、手を名前の顔に這わせてやがてゆっくり瞼にキスを落とし、涙を掬う。そして、手を離して馬にまた跨った。名前は、今度は呼び止めなかった。呼び止められなかった。粗末な剣を握り締めながら、止まらない涙に視界を歪めながら星彩の背中を見送り続けた。


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