鈴の音が聞こえる3




だが、そんな考えとは裏腹に甘寧様は罰の悪そうな表情だった。しかも、何処か歯切れが悪い。罰を与えるならばさっさと言ってくれればいいのに……。「あー……んー」「……」勿論そんなことは言えない。私はただの護衛武将なのだから。若しかしたら…もう違うかもしれないが。「……あー!もう!俺ぁよぉ、昨日のことを謝りに来たんだ!」「……へ?」謝る?謝るべきなのは私のほうなのに…何を言っているのだ。と思わず目を丸くして口をポカンと開けてしまった。てっきり、罰を受けるものだと思っていて私は身構えていたのに。拍子抜けしてしまった。「なんか、困らせちまっただけだって……わかったし。お前脅えていたし。……その、悪かった……。お前がどうしても、嫌だって言うなら俺は身を引くぜ」甘寧様が、視線を床に落とした。先ほどまで痛かった心臓。気がついたら痛みがひいていた。何故だろうか。甘寧様を、今……怖いと感じなかった。不思議だ。



「あ……。いえ、こちらこそ申し訳ございませんでした……。昨日は失礼にあたることをしたという自覚がございます。……どんな、罰も受ける覚悟はございます」私は必死に頭を下げた、それを慌てて甘寧様が止めた。大きなゴツゴツとしたそう……これは戦をする武人の手だ。そんな大きな手のひらが顔に触れた。「ば、罰ぅ?!んなことするわけねぇだろうが!惚れている女にそんな仕打ちをする男が何処に居る!悪いのは俺だ!お前が謝ることはねぇんだ。ほら、顔をあげろよ」甘寧様は私が今まで一度も見たこと無いような、そんな顔をしていた。「お前が、ずっと遠くで、頑張っていたのを見ていた」荒々しい口調なのに、随分と優しい声色だった。私は甘寧様のことをぜんぜん何も知らないのに。甘寧様とは、たまに回廊ですれ違ったことくらいしかないだろう。(知っているのは、凌統様と仲が悪いということと、元水賊ということだけだ。戦場で一緒になったこともない。私は小喬様の傍にばかりいたからだ)「ごめんなさい、私は……甘寧様のこと全然知らないです」「そうか。ま、話したこともねぇしな……」



私から離れた手のひらは、行き場を失い大きな鈴を指で弄った。チリリ、チリ……鈴の音が部屋の中に反響する。鈴の音は、甘寧様の音だ。暫しの、沈黙が降りた。甘寧様が目の前に居るというのに、小喬様の言葉を思い出していた。『だから、幸せになって……。もう、あたしのために傷つかなくてもいいように』……小喬様は望んでくれた。私の幸せを。他の誰でもない、私のことを思って言ってくれたことだ。そして、目の前の甘寧様もだ。私のことを見ていてくれた。私はそんな甘寧様を大して知りもせずに拒絶した。私は自分のことしか考えていなかったのだ。私は勇気を振り絞ってこの沈黙を壊した。私のちっぽけな世界を壊すために。「だから……これから、甘寧様のこと……お教えください」甘寧様の顔がパァアッと明るくなった。私もそれにつられて、笑う。甘寧様の前で笑ったのはこれが初めてな気がする。これでよかったのです。そう……これで。




月日は流れた。桃の花は散り、夏は行った。今、私の隣には甘寧様が居る。嬉しそうに顔を綻ばせて、私の腹を擦った。「あー、なんだか、夢見ているみてぇだ」「……甘寧様ったら、何を申すかと思えば」甘寧様に寄り添い手を握って私は甘寧様を見上げた。今、私のお腹には新しい生命が宿っている。甘寧様と私の子だ。もう、私は戦場に出ることは無いだろう。ドン、とお腹の中の子が腹を蹴った。「いたた……。甘寧様の子だから、でしょうか。少し元気すぎる気がします……」「そぉーかぁ?ま、子供は元気が一番だって!それよりよぉ、お前まだ、たまに甘寧様って呼ぶじゃねーか。いい加減、慣れろよ」その言葉に、私は言葉を詰まらせた。何度言われても、つい昔の癖で甘寧様と呼んでしまうのだ。別に悪気があって言っているわけではないのだが……。「……ぅ。興覇、様」「うーん……ま、ちと声がちいせぇが。まぁ、合格だな。へへ……」くしゃくしゃと、髪の毛を大きな手のひらで撫ぜる。それに小喬様を思い出す。全然、違うのに……似てなんか、いないのにな。少しだけ切なくなったが、甘寧様のあの私だけに見せてくれる、優しい笑顔にその胸の痛みは消えていった。



小喬様……私は貴女をお慕いしておりました。小喬様を愛したこと、後悔しておりません。今、私はとても、幸せです。


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