鈴の音が聞こえる2




気がつけば私は涙を流していた。私は、戦場で涙を流したことは無い。痛みで泣いたこともない。泣いてはいけないと私はずっと思っていたからだ。私は小喬様を守るのだ。この命に変えてでも。だから、弱い自分を必死で押し殺してきた。「ごめんね」座っていた、小喬様がいつのまにか立ち上がっていて私の涙を少し拭った。そして、私よりも小さな小喬様が優しく私を抱きしめてくださった。「あたし、知っていたよ。甘寧様が名前を好きなこと。甘寧様わかりやすいからさ。……名前が誰を好きなのかも、知っていたんだ」



温もりが私を包み込んだ。甘い、花の香りがする。こんなことをされたのは初めてだった。いつも無邪気に笑う、小喬様が大好きだった。こんな小喬様を知らない。小喬様は私が思うほど子供ではなかったのだ。涙で歪む視界を小喬様に向けると小喬様はあの無邪気な笑顔ではなく、寂しそうな儚げな笑顔を作った。「ごめんね。名前を苦しめて。あたしは、ずるいね。周瑜様が居るのに……名前が離れるのが嫌で、知らないふりした。名前にずっと甘えていたね……」「……っ、うぅ……」泣き止まない、私の頭を優しく撫ぜる。髪をぐしゃぐしゃにしないように優しく。その手が、優しすぎて私は余計に泣いてしまう。優しくしないでください、優しくしないでください。私は、貴女を愛しているのです。ただ、貴女だけをお慕いしているのです。「あたしには、名前を幸せに出来ないのに。縛る権利なんて無いのに」ポタリ、ポタ…涙が床に落ちた。とまらない、止まらない。そんなことはない、私は貴女のお傍に居られればそれでよかったのに。と言いたかったのに、それを言うことは出来なかった。しゃくりあげて、ただ情けない声が出るだけ。



小喬様の瞳はもう、無邪気なそれではなく……母親のそれだった。「あたしのこと、好きになってくれて有難う。知っているよ、あたしのこと何度も庇ってくれたことも……戦場で、あたしの代わりに沢山傷ついてくれたことも。名前はいつだって……あたしの味方で居てくれたね」昔、小喬様を庇ったときについた大きな腕の傷に、躊躇することもなく触れる。消えることの無い、戦場での勲章。後悔をしたことはない。「だから、幸せになって……。もう、あたしのために傷つかなくてもいいように」小喬様がそういって、細い腕から私を開放した。いつまでもそのか細い腕に包まれていたいと思った。



「さ、もう、行って。あたしが、甘えない内に」「小喬様……っ」名前を呼ぶと小喬様は首を小さく横に振った。そして、私を部屋の外へと促した。「バイバイ」扉が閉まるとき、そう……聞こえた気がした。同僚は泣いている私に何があった?と聞かれたが、私は泣き腫らした目で「なんでもない」と言った。



次の日になっても、何もする気が起きなかった。私は最低だ。コツコツと、扉をノックする音が聞こえる。重たい体を無理やり寝台から持ち上げて扉の向こうの相手へと話しかけた。「どちら様で……?」「あ……俺、だけど……よ」甘寧様の声だった。何処か、覇気の無い声だ。心臓がまた痛み出した。甘寧様が怖いのだ。あの鋭い目も、声も、鈴の音も。ああ…若しかしたら私は罰を受けるのかもしれない。なぜなら私は昨日、とても失礼な行為をしたのだから。ドクンドクン、と嫌な音を立て早まる心臓を抑えながら私は部屋へ招き入れた。「……っ。狭い部屋ですが、どうぞ……甘寧様」どんな罰でも……甘んじて受ける覚悟だった。牢獄行きでも、……私には文句を言う権利は無い。


戻る

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -