シュレーディンガーの猫は死なない




夢主が死ぬ


鍾会はいつも素直に成れなくて名前の事をちゃんと評価してやらなかった。どんなにうまく茶を入れても、戦果を上げても、指示通りに動けても口から出てくるのは、皮肉まじりであったり、まあ、お前にしてはよくやったほうじゃないか?とか酷い時には他人からしたら罵倒にも聞こえるであろう言葉を彼女にぶつけたこともしばしばであった。だが、しかし、鍾会は内心では名前のことを高く評価していた。「今日のお茶はいかがでしょうか?鍾会殿」「ふん、まあ、飲めなくはない」そういってふぅふぅと息で湯気をかき消しながら喉を鳴らした。本当は鍾会好みに試行錯誤して淹れられていたのにも関わらずだ。



「そうですか」光を失った瞳がゆっくりと地面に向いていく。名前はある意味でとても鈍感であった。名前は言葉の裏を読めない人であり、鍾会の言葉もそのまま全て受け止めていた。つまり、飲めなくはないという言葉は不味いがまあ、我慢してやると言う意味に感じるのである。鍾会は自分なりに褒めているつもりなのだが、それは名前には微塵にも伝わっていなかったのである。お互いが内心を知らないのである。名前は失礼します、と言って竹簡を運ぶ作業に戻った。鍾会が一息ついて、いれられたばかりであるそれを一気に飲み干した。美味しいという、本心の表れであった。



竹簡を運んできた名前に先に掛けた言葉は「遅い、何処で道草を食っていた」であった。これはあんまりだろうと、名前は思った。実際、鍾会も今のは言いがかりであると思っていた。彼は名前に淡い恋心を抱いていた故に、少し離れていた期間が恋しく感じ、鋭い棘を持った言葉に成ってしまったのだ。要するにただの鍾会が寂しかっただけなのだ。名前は道草を食っていたわけではなく、本当に竹簡を武将に会釈をして、話し込んだりせずに真っ直ぐに運んできたからである。「そんな、私は……」「ふん、まあいい。それを寄越せ。今日中の物もあるだろう」そういって竹簡に鍾会は目を通し始めた。名前の目からは光が失われていた。



近々、戦があるらしい。その戦にも鍾会は参戦し護衛武将でもある名前も組み込まれることに成った。名前は張り切りながら最近出番の無かった己の獲物である、槍を手入れしていた。戦は過酷である、女子供にも容赦はない。なので、名前も本気で、男性の兵と鍛錬していた。その様子を見る鍾会は勿論面白くなかった。「ふん、お前が出て本当に役に立つのか不安だな」嫉妬が混じっていたのだが勿論、まともに受け止める名前は悲しくて仕方が無かった。「役に立って見せます、この名前命をかけても……、」その言葉は鍾会には聞こえなかった。



戦は激しい物であった、鍾会の軍は孤立していた。元々、野心家で自分の考えを突き進めるような思い込みの激しい人間であったが故の失態だった。だが、鍾会は失態とは認めずに少しずつ後退しながらも敵を切っていた。鍾会は目の前の敵にばかり気を取られていた。後ろから狙っている、敵の弓兵に気づかずに。名前が振り返った時にはもうその弓は引かれた後だった。迫りくるいくつもの弓矢を打ち払うという考えは一瞬では沸いてくるものではなく(恐らくそんな技術も無いだろう)、ただ、上官である鍾会の命を救わねばと言う一心で身を投げ出した。それだけだった。「ぐっ、う、」鍾会の後ろで、弓矢を受けた名前はその場に崩れ落ちていった。鍾会が名前の呻き声に漸く後ろにも敵がいたことに気が付いて、敵を薙ぎ払い直ぐに名前を抱き起した。「何をしている!くっ、今助けてやる!急ぎ戻るぞ!」鍾会が初めて焦りを浮かべ、自分の犯した過ちを認めた瞬間であった。撤退すると言ったのだ。名前にも確かに聞こえていたが幻聴のようにも感じてしまった、何故なら鍾会はそんな事を言わずに自分など捨て置き失態を認めないと思っていたからだ。



だが、今回は弓矢を数本も全身に受け、虫の息だった名前は救えそうになかった。「鍾会殿……見てください、私……命を賭して……御身をお守り致しました…………」「ああ、わかっている!見ればわかる!待っていろ、死ぬな!私はお前を高く評価している!!それから……」「嘘でも……うれしゅうございます、…………ご武運をお祈りいたしております、」それから名前はゆっくりと目を閉じた。鍾会以外の誰も気にかけないこの戦場でまた一つの命が散ったのだ。「愛している」遅かった言葉は、怒号と戦火、呻き声に掻き消されてしまった。

title カカリア


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