飛ばない紙飛行機




処刑されるトリップ主


彼女の持ち物は確かに不思議な物だったし、全て目にしたことも噂に聞いたことも、書物で見たことすらない物だった。服も不思議な物で傷一つないしなやかで白い日に焼けていない足を惜しげも無くさらけ出していた。初めて逢った時の名前殿は唖然としていて、頭を石で殴られたかのような衝撃を与えられたようだった。周りの風景を見てはあり得ないあり得ないと訥々と言った。名前殿は保護ではなく処刑されることとなった。あまりにも怪しいとの事で間者(あるいは狂人)を疑われたのだ。だが、私は彼女の白い腕や手を見て思う。武器等握ったことも無いのだろう、動きもぎこちなく、発せられる言葉は絶望ばかりだった。



名前殿が言うには自分は遠い国から来ていて、それから、この時代の人間ではないとの事だった。私の名を口にした時に確信したらしかった。「……、私には貴女が間者にも狂人にも見えぬ」こんな年若い女性を処刑などと、残されたわずかな時間も私と共に過ごさなければならない。彼女に非はないであろう、されど全てを奪われるのだ。「……何でこんなことに、ああ、何も身に覚えがない」それでも、私は名前殿の話を聞いて心を躍らせた。名前殿の世界には戦は無く、美味しい物が溢れていて、もっと世界は広く、それから……人が空を飛べ馬などよりも早い鉄の塊が走っているのだそうだ。



名前殿は唯一許されたノートと呼ばれるもの(といっても数冊あった内の一冊だけだで、文章と思われる部分は全て切り取られて返却された)にその絵を書いて私に見せてくれた。にわかに信じがたいが、名前殿を狂人だと思えなかった。目が気を違ったものの目ではなかったのだ。正常な、されど絶望を携えた瞳だった。「諸葛誕殿」そういって、私に何かを当てた。紙(と呼ばれるもの)が不思議な形をしていて地面に落ちていた。「これが飛行機です。紙で出来た物ですけど、こうして飛ばすと」ひゅーと風に乗ってそれは大きく弧を描いてまた、地面に落下した。「ふむ、私にも作り方を教えて貰えぬか」「簡単ですよ」こうやって、折って。と続けるので私も一枚破いてもらって、作り方を教えて貰った。



「……私は死ぬんですよね」死期を悟ったような瞳で、遠くを見据えていた。見張りに退けるように命じてまた、今日も彼女と会話をする。見張りがいない時は私と二人だというのに悟ったように逃げ出すそぶりを見せたことは一度も無かった。何もかもを諦めているという風だった。「……私は向こうでは学生だったんですよ」「学生?」「勉強を、していた……」「ああ、あの奇妙な文章は勉強していたのか」誰も解読できなかったあの文章を思い出す。名前殿から全て解読して貰ったが、意味が分からない事も多々あった。「……単位とって、友達と遊んで、それから……彼氏とか、出来て、結婚してとか当たり前の事何も出来なくなるんだ」「……、名前殿」名前殿が初めて涙を流した、はらはら、それを拭ってあげて、何もできない己の無力さを痛感した。上には掛け合った、しかし、取り合ってもらえなかったのだ。彼女は怪しい混沌を招くの一点張りだ。こんな若い女性に混沌など招けるはずもないのに、何がそんなに不安なのだ、何がそんなに彼女を殺したいのか。



処刑の日、私は立ち会えなかった。私は名前殿に情が沸いてしまっていた。もう何も残されていない、彼女の残滓(持ち物)は残されている、しかし彼女自身が残されていない。残り香も何もかもをかき消してしまう血の匂いが。「諸葛誕殿、有難うございました」最後に逢った日彼女はそう言った。「見張りが貴方で良かった、」「名前殿、私には矢張り貴女が狂人にも間者にも見えない。何故貴女が死ななければならないのか、何故、このようなことに!」私の握り拳を名前殿は優しく包み込んで笑った。「もういいんです、もういい、」



紙飛行機を飛ばした。名前殿の様にうまく飛ばないな、等と思いながら。彼女を思い出す。もう、この世界に名前殿は居ない、「名前殿」彼女の語る夢物語のような世界が、私たちの国にも訪れれば。こんな悲劇は二度と起こらないのだろうか。紙飛行機が地面に落ちた。私はまた、それを拾い上げた。


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