鈴の音が聞こえる




小喬←夢主←甘寧


目の前の甘寧様の口がパクパクと動く。何を言っているのか、今一わからない。頬をほんのりと朱色に染めた、それは……はたから見れば(そう、愛の告白のような)そんななんともいえない甘酸っぱい雰囲気を纏っている。私は、ただそれを非現実的なものを見るような瞳で見ていた。声は聞こえるが、それは遠くの誰かの映像を見ているようなそんな感じだった。鈴の音がチリリ、と小さくなった。甘寧様が、照れたように少し頬を指先で軽く。甘寧様の慌てたような、声にようやく現実に引き戻された。



「わ……わりぃ。いきなり、こんなこと言われても迷惑だよな」「あ、いえ、そのようなことは……。すみません……」殆ど上の空で、聞こえていなかったなどとは口が裂けても言えなかった。私には心に決めたお方がいる。その方が、あまりにも大きすぎて…私は甘寧様の言葉に「はい」などとは言えなかった。言えたところで、身分が違う。私に甘寧様はまぶしすぎる。私は小喬様の護衛武将なのだから。「すみません」



もう一度謝ったら、甘寧様の顔が曇った。まるで、怒っているようなそんな表情。私が、もし戦場で彼にあったならば、恐ろしさの余り立ちすくんでしまうだろう。そんな迫力があるのだ。知らずのうちに膝が、がくがくと笑っていた。「何で、謝るんだよ「……っ。し、失礼いたします」そういい残して、私は甘寧様の隣をすり抜けた。後ろから「あ、おい!」と、甘寧様の呼び止める声も聞こえた。だけど、追ってくる様子は無かった。鈴の音は聞こえない。自分でもかなり、失礼なことをしたと思っている。でも、もう駄目だった。怖いのだ。甘寧様を受け入れてしまえば、私はもう……小喬様のお傍にはもういられないかもしれない。足は相変わらず震えている。こんなんで、よく小喬様の護衛武将などといえたものだ。自分でも笑える。



気がついたら、小喬様のお部屋の前にきていた。扉の前には別の護衛武将が立っていたが、私を見るとすぐに通してくれた。所謂、同僚だ。私が軽く礼をすると相手も軽く頭を下げた。「小、喬さま……」恐る恐る、お名前を口にする。小喬様には周瑜様という素晴らしい旦那様がいらっしゃるというのに、私は恐れ多いことに小喬様に好意を寄せている。勿論、周瑜様がいるから、私はこの思いを告げることは無い。ただ、小喬様のおそばで小喬様をお守りすること。それが私の幸せなのだ。小喬様はお会いしたときから、本当に無邪気で誰に対しても平等で、美しい。勿論、小喬様の姉大喬様もとても美しいが……。「あ、名前!おかえりっ!」私の姿を見るなり、私に駆け寄ってきた。「だ、駄目です!小喬様っ!小喬様お一人の体ではないのですよ?!」私は駆け寄ってきた小喬様を椅子へ座るように促した。小喬様は、私の指示に逆らうことなくそれに従う。椅子に座ると少しだけ、膨れてきた腹を優しく小喬様は擦った。新しい生命。周瑜様との子だ。小喬様が、頬をぷーっと膨らませて詰まらないと言う。



「周瑜様は、相変わらずお忙しいし。もう、戦にも出るなっていうんだよ〜?!つまんなーいっ」壁に小喬様の武器である、扇が立てかけられていた。最近まではよく、それを手に戦場で舞っていたのだがもう、使うことは無いであろう。それは、少しだけ寂しげに見えた。「……周瑜様は、小喬様を心配していらっしゃるのですよ」「わかるけどさぁ〜……。あれ……?名前顔色悪くない?大丈夫?あたしの寝室で少し休んでいったほうがいいんじゃない?」急に私の顔を覗き込む小喬様に驚き、私は思わず上ずった声を上げてしまった。「い……いえ、この名前、いつもと変わりはありませぬ」そういっても、小喬様の目はごまかせないようだった。大きな目は、私を疑わしそうに見つめていた。「本当に本当ぉ〜?」私は思わず視線を小喬様からはずしてしまった。ごまかせない。私が言えない、のを悟ったのかいつもの無邪気な顔を覗かせた。「まぁ、名前が言いたくないならいいよっ!」「申し訳ございません……」今日は謝ってばかりだ。甘寧様にも……小喬様にも。



「ねぇ、それよりさ名前。名前は好きな人とか、いないの?」小喬様が目を輝かせた。何度も何度も聞かれた言葉だった。そう、何度も。そのたびに私は曖昧な微笑を浮かべて言うのだ。「いいえ、その様なお方はございません」と、一字一句決まりきった言葉を。「え〜?!ずーっと、あたしの傍にいるけどさぁー名前もまだ若いんだからっ!甘寧様なんていいんじゃないっ?口とかちょっと悪いけどとっても優しいよ」「えっ……」何故、そこで甘寧様の名前を口にするのかわからなかった。先ほどの無礼もあり、私は思わず心臓のあたりを抑えてしまった。怖い。怖い、怖い怖い。声が、あの鈴の音が怖い。心臓が嫌な音を立てている、ときめき?違う。そんなものではない。本能的な……そう、恐怖のようなもの。甘寧様は何も悪くない。なのに、怖くて怖くて怖くて、頭がどうにかなってしまいそう。「……名前?」小喬様が私の顔を覗いていた。悲愴な顔を浮かべていた。



「ごめんね」
何に、たいして小喬様が私に謝っているのか。泣きそうな顔をしている。何故?私は、小喬様を悲しませたのか?私は、私は。「ごめん……。何もかもを知っているのに。あたしは知っているのに」


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