握りつぶしたのはあなたの心臓だった




夢主は誰かの、お嫁さん。鍾会が勝手に恋慕。なんからしくない。


面白くないのだろう、単純に言葉にするのならば。例えば一緒にあいつと居る所を見かけるのも。例えば、人の目を憚らずに馬鹿みたいに仲睦まじげに肩を並べて談笑するところも。あいつらの何もかもが気に食わない。下らない、と吐き捨てながらもいつもいつも、私を苦しめる。英才教育を施された私ほど完璧な人間はいないだろう。だから、名前殿は私の事を重宝してくれるし、別に今の地位に不満があるわけでもない(私ならばもっと上を目指せるかもしれないけれども。それはさておきだ)。



本来ならば隣にいるべきは私のはず。何故だ、何故。あの男が私より優れているところは何処だ?力か?地位か?それとも知略か?否、地位を除いた全て私より劣っている。あいつの地位が高いのは名前殿の夫だからだろう?必然的に高くなるに決まっているじゃあないか!それを己の実力だと思っているのならば、勘違いも甚だしい!あいつの何処がいいのか、私より優れているのか聞きたくて、問うたことがある。彼女は何と言ったか、その薄桃色の唇からこぼれだす言葉はいかにも女が言いそうな常套句であった。「あの人はとっても優しいの」「そんなの、ただ弱いだけだ」弱い者は自分が生き残るために、周りに媚びを売らなければいけない。ただ、ごまをすって。自分の明日を創っているだけだ。本当に強いのであれば誰にも媚びる必要などない。その媚が、彼女や他の浅慮の奴には“優しい男”に見えるのだ。そうして作り上げているのだ。



私の言葉にも名前殿は笑うだけだった。「あら、そうかしら」「貴女の言う優しさとは何でしょうか」「そうね、他人を思いやれる心、配慮。かしらね」少なくともあの人は優しい人よ。私はその言葉にキュウと下唇を強く噛みしめた。「何故、だ。私の方が優れている、有能だ、優しさだって」きっとあのものに負けている者に負けているわけがない、劣っているところなどあるわけがない。貴女を思う気持ちだって私の方が勝っている自信がある。その内にあの者は、自分が偉いだとか勘違いをしだして名前殿を蔑にして、鼻の下を伸ばし、しまりのない顔で側室を迎え入れたいなどと言い出すに決まっている。



その点、私はどうだ。私はとても一途できっと、名前殿さえいれば側室など要らぬと言って全て退けるだろう。どうだ、完璧だろう。なのにだ、名前殿は罪悪感からか私を選ばぬのだ。きっと名前殿も本当は私の方が好きなのだ、だから、私を重宝してくれるのだきっとそうに決まっている。ああ、可哀想に。あのような下らない契りに縛られて動けないのだろう(ならば、私が直々に救ってあげねばなるまい、救えばきっと)。



ただ、出逢うのが少しだけ(ほんの少しだけ)遅かっただけと言うだけで、私の気持ちが拒絶されてしまうのだぞ。そんなの可笑しいじゃないか!私の方が優れているのに、ほんの少し遅かっただけで、夫婦の契りを既に交わしていただけで、私が報われぬなどこの世は間違っている。例え本当に好いているとしても、その時は生涯で最高の伴侶だと思っても、後から本当に好きな人が出来るかもしれない、ああ、あ、言い訳がましいだと?私は本気で名前殿が好きなのだ。どのような手段も厭わん。私は昔から、欲しい物は全て手に入れたいたちなのだ。私の英才教育の素晴らしさを此処で見せてやろうじゃないか。「名前殿、罪の意識など感じる必要はないよ。ただ出会うのが少しだけ遅かっただけですよ。後で真実の愛を見つけるなんてことも、世間では珍しくもなんともない。道端に落ちている小石のようなものです。でも、大丈夫ですよ、今からでも遅くはない、気づけただけでも、見つけられただけでも幸せなことですよ」名前殿は何を言っているのと数歩後ずさったが、私はその距離を詰めるように、歩み寄る。大丈夫ですよ大丈夫。か弱い動物を怯えさせない様にも見える。



私にはわかりますよ。あいつが自然な形で死ねば、貴女も「ああ、可哀想に」と亡き夫に哀れみの言葉をかけながら、やがては次の恋へと進むことができる。あいつはいわば、弊害に過ぎない。私は、得意なんですよ。自然な形で殺してあげますからね、誰にもばれやしませんよ。心配には及びません。真実の愛は此処にありますよ。


title エナメル


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