君はとても愛おしいひと



龍崎はどう思ったか知らないけど、私は別に"いらない"と言われたってそこまでのダメージは受けなかった。そう言われることはなんとなく予想していたし、言われた時の為の準備も多少は済ませていたからだ。まあ、いらないと言われた事に対しては多少残念ではあったし、最後は寂しいなあとか、私は使えないって判断されたんだなあ、と…まあ、少しではないけれど、考えたりもした。でもそれはフィフスセクターが私に対して下した評価であって、私は私を使えないとは思わないしいらないとも思わない。

つまり、結局はいかに考えを変えられるかということだと思う。そういった点では私は、遥かに龍崎よりも優秀だった。口では大して気にしていない、なんて言いながらも眉をひそめて口を真一文字に結んで、時々俯いたり歩いてきた道を振り向いたり。そんな龍崎を子供っぽいなあ、と思ったけれど私も龍崎もまだ中学生なんだった。

それに私も気持ちの切り替えが偶然上手かったっていうだけで、サッカーだとか、勉強だとかは龍崎に勝つことが出来ない。あまりそれを気にしたことはないけど、龍崎はそこそこ気にしているようで、テストの度に私と競おうとしていたっけ。自尊心を満たしたかったのかもしれない。そうじゃないかもしれない。もうすぐ関係の無くなることだけど、今更ながらに気になってしまうのは龍崎が何も喋らないせいだ。


「ねー、龍崎」
「……」
「龍崎くーん」
「………うるさいぞ、名字」
「呼んでるだけでうるさくはないよ、多分」
「声が大きい」
「この辺は音が響きやすいからそう聞こえるだけじゃない?」
「………」
「あ、また黙った。そんなに寂しい?帝国から出るの」
「…追い出される、んだ」
「帝国から追い出されるんじゃなくて、フィフスセクターから追い出されるんだよ」
「どっちも違わないだろ」


全然違うと思うけどなあ、とは龍崎の顔を見たら言えなくなった。なんて辛気臭い顔をしているんだろう。負けたことは当然、ショックだろうと思う。龍崎との付き合いは帝国に潜入した時からだからそこまで長くないけど、それでも龍崎がプライドの高い性格だということは分かる。でもそれと同時に、やっぱり(私もだけど)中学生だし?メンタルは完成されていない。龍崎は裏切り者だと言われたこともきつかったのかな。私も結構きつかったなあ。特に佐久間コーチの、まさかお前まで、って目が一番きつかったかな。私を見て、その後いつも使ってたドリンクボトルを見たのが、ああこういうことなんだなって。別に一度も強化剤なんて使ったことはないのにね。


「龍崎ー」
「……なんだよ」
「ちょっとねー、ちょっとだけね。……寂しいな、って」
「………は?」
「だってさ、もうすぐ駅に着くじゃん。駅に着いたら龍崎とはお別れでしょ?」
「当たり前だろ、戻る場所がまったく違う」
「そうだよ、私達の家はまったく別の場所にあるんだよ」
「つまり、何が言いたいんだ」
「フィフスセクターを通じて龍崎には会えたけど、その繋がりが切れたから、もう二度と龍崎には会えなくなるのが寂しいって言ってるの」


街灯の光に、龍崎の目が微かに揺れた。彼は言葉を吟味しているようだった。「…変な意味じゃないけどね」付け足すと、龍崎はぱちぱちと瞬きをして目を見開いてから、私を穴が空きそうなぐらいに見つめてきた。「随分、素直に言うんだな」「…うるさい」最後だから、素直に言ってあげたんだよ。睨むと、龍崎の口元が少しだけ緩む。

簡単に騙せてしまう龍崎は好きだ。「なんだ、名字。俺の事が好きだったのか!」「まあね。友達として、だけど」私の言葉の最後の、重要な部分は機嫌の良くなった龍崎の耳には届かなかったらしい。「早く言えば良かっただろう」「まあ、検討してやらんこともない」「性格に多少難はあるが、俺は寛大だからな。目を瞑ってやっても…」トランクケースを引く、龍崎の足取りが軽くなっていく。私を追い越していったその背中を見つめて、ほっと溜息をつかずにはいられない。一時のものだとしても、楽しそうな龍崎の表情はやっぱり年相応で、安心感を得ることができる。


「でも龍崎、私に好きって言われてそんなに嬉しいんだ?」
「は!?ば、馬鹿か!名字の事は別に何とも思っていないが、好意には答えてやらないとなって…」
「ふーん、優しいね」
「そうだろう!俺は優しいからな、名字でも妥協せんことはない」
「ごめん龍崎、私の好みは御門君みたいな人なんだ。がっちりしてるの」
「はあ!?御門さん!?な、なんでだよ。俺が好きなんだろう」
「あっ本音……なんでもないなんでもない。龍崎好きだよ、うん。友達だけど」
「なんだ、焦らせるな。苗字のくせに」


この反応を見て龍崎が私のことをなんとも思っていない、なんてことは思わないけど本当に龍崎はからかい甲斐があるなあと思う。まあ人間(龍崎もだけど)、好感のある人間から思いを寄せられて嬉しくないなんてことはないだろう。好みだとか、付き合う付き合わないの話ではなくて、純粋に自分を好いてくれて嬉しいなあ、という気持ちだ。うん、本当に龍崎は……結構いいやつだった。話だって合った。気も合っていた。

寂しいなあ、なんて考えながらテンションの上がった龍崎が喋っているのを聞いていると、いつの間にか駅に着いていた。人影もまばらなバス亭の前で立ち止まったのは、龍崎が一度バスで移動するからだった。ここまで来ると本当に、龍崎との別れを実感させられる。連絡先を交換すればいいのだろうけど、携帯電話はフィフスセクターから普及されたものを使っていたから手元にないのだ。つまり、本当のお別れ。これから先、育っていく環境も違う。「龍崎」呼びかけると、龍崎の髪が微かに揺れた。


「私、あと10分だからホームに行かなきゃ。…ばいばいだね」
「………そうだな」
「元気出しなよって。別に人生が終わったわけじゃないんだから、良い事あるよ」
「…名字は、」
「うん?」


振り返った龍崎の、目線がやけに鋭くて少し驚いた。「俺をどうしたいんだ」「……知らない」そっと目を逸らすと、上着の襟首を掴まれる。距離は私が間に置いていた、トランクケース一個分。「好きなんだろ」いつの間に距離を詰めていたんだろう、なんて聞くのは野暮だろうか。


「好きだけど、しょうがないじゃん」
「…別れたくない、ぐらい言えよ」
「言ったってどうにもならないし、今からの電車逃したら私は駅に泊まるしかなくなるの」
「連絡先とか、あるだろ、普通」
「……龍崎、少し考えれば分かるでしょ」
「何が」


――フィフスセクターは、追放したシードも監視の対象にしていると聞いたことがある。


「監視されて、まだ素質があるって思われたらゴッドエデンに誘われるかもよ」
「…有り得ないだろ」
「そう?貴重な"化身持ち"なんだから間違いなく龍崎はしばらく監視されると思う」
「………」
「追放されたシード同士が連絡を取り合っているなんて知られたら、反乱を起こすかもしれないって考えられるかもしれない。フィフスセクターはそうされないように、何か手を打ってくるかもしれない」
「……」
「それで、家族に害が来たら困るの。ただでさえ私、期待が凄かったから」


襟首を掴んでいた力がゆるゆると抜けて、私は優しく龍崎の胸を推して距離を開けた。目を伏せた龍崎の、額にそっと指を伸ばす。「…楽しかったよ、龍崎といたの」ふわりとした前髪に指が触れると、龍崎がなんだと言わんばかりの表情のまま顔を上げる。ああ、龍崎って睫毛こんなに長かったんだ。嫉妬しちゃいそうだなあ。


「……それじゃあ皇児くん、またいつか」


すくい取った龍崎の髪の、一房にそっと唇を触れた。目を見開いた龍崎から、さっさと背を向けて歩き出す。柔らかくてふわふわとした毛が一本、指の間に挟まっていたのはするりと抜けて地面に落ちた。そのままきっと、夜風に吹かれてどこかに飛んでくんでしょう。一回ぐらい名前、って呼ばれてみても良かったかな?今度会ったら呼んでもらおうかな。うん、好き。好きだったよ。友達としても、男の子としてもとても好きだったよ皇子くん。未来で会えたら会いましょう。さようなら、皇児くん。またいつか。




君はとても愛おしいひと




リクエストで龍崎くんと追放されるお話でした。
寿明様、突発企画にご参加ありがとうございました!

追放されたあと、シードの子達はどうなるのかなあと自分でこっそり考えていたものを出してみました。まだシードの子達は子供ですし、シードとして送り込まれる前の環境に送り返されたあと、多少監視される…みたいなのを妄想していました。中にはきっと地方からスカウトされて、有名校に潜入させられる子もいるんじゃないかなあとか。そういった子達はフィフスの準備した場所で寝たり起きたりするんじゃないかなあ、なんて考えていました。アニメで出なかったのは妄想しろってことだと捉えた結果がこれです!

いつもお世話になっております。ささやかですが、是非もう、お好きになさってくださいませ!煮てくださっても焼かれてくださっても結構です。本当にありがとうございました!

(2014/10/12)



龍崎の途中のツンツンデレぶりが可愛すぎて悶えました!速攻でお持ち帰りを決意しました!どことなく心があったかくなってそれでいて、寂しくもなる素敵な小説を有難うございました!他のリクエストも頑張ってください。

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