神童



私は敢えていつもの通学路を外れて、大きな豪邸の前を通っている。目当ては、此処の豪邸の子が弾いているピアノだったりする。彼女(彼?逢ったことが無いから、性別すらも存じていない)のピアノの音はいつも感情が籠っていて誰もが魅了される音をになっている。そして、私もそれに魅せられた一人だったりする。「今日も聞こえないなあ」なのに、ある日を境にピタリと音が止んでしまったのだ。毎日此処の音楽を聴くのが日課だった私としては残念でならなかった。もう二週間はゆうに聞いていない。



翌日もめげずに、豪邸の前を通った。良い身なりをした少年とばったり逢ってしまった。私を見て若干不審そうに眉をひそめている。若しかして、この家の主なのだろうかと瞬時に頭の中で悟った。「俺の家の前で何か用でしょうか」やや冷たさを帯びた不審そうな声。私は慌てて不審じゃない事を弁明しながら経緯を話してみた。「あ、あの……いつも此処から聞こえるピアノの音に惹かれて居まして……最近まで聞こえなくて残念に思っていたのです」素直にピアノを弾いている主を褒め称えながら顔色を窺った。不審者疑惑は晴れたらしく少年の顔には明るさがとり戻っていた。心なしか嬉しそうに見える。「ああ!そうだったんですか!まさか、俺のピアノを聞いてくださっていたなんて」「俺……?ということは、貴方が弾いていたのですか?!私も実は貴方には遠く及ばないのですが、ピアノを嗜んでいまして……。それで、此処から聞こえるピアノの音にずっと憧れていたんです!」



わぁ、まさか本人と逢えるなんて!と感激してしまった。その言葉に男の子の顔から警戒の色が失せ、驚きと共に僅かに綻んだ。まさか弾いている人が男の子だとは私も思ってもみなかったが、本人に逢えたのはとても嬉しい事だった。「あの……暫く聞こえていなかったのですが何かあったんですか?」ふと尋ねると少年が僅かに表情を硬くした。「ああ……少し入院していました。今日で退院しました」「よかった、あの音は私の憧れなのです」にこりと笑うと少年も照れたようにはにかんだ。「何なら、今から弾きますので……どうぞ、中に入って聞いて行ってください」とはいえ、俺もまだまだ、ですけど。と謙遜した。いやいや、謙遜しなくても彼は十分にうまい。って、豪邸に招待?!「え、ええっ!入ってもよろしいのですか?」「……ええ。俺のピアノの音を気にいってくださったのでしょう。どうぞ、近くで聞いてほしいです」そう言って、大きな門を潜り抜けた。私はおずおずと控えめに、その中に入っていく。



やはり、彼は天才だ。こんなに素晴らしい音楽を間近で聞けて私は幸せ者だ。ほわほわと未だに幸せな感覚が体中を駆け巡っている。「素敵です……!私もこのくらいになりたいのですが……中々」幼少の頃から趣味で習っていたけれどやはり趣味の域を脱せないレベルの悲しいものだ。「また、是非……聞きにきてください。音楽を愛しているのですね、貴女は。見ていてわかります」「ええ、特に貴方の弾く音が大好きなのです」時に悲壮に、時に荒々しく。音は人の気持ちを運ぶ。彼の感情を強く反映した音楽は彼に似てまた魅力的だった。そう、私は彼の心に惹かれたのだ。


  


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