亜風炉



私の目の前で、誰かが生徒手帳を落とした。私はすぐさま廊下に落ちた生徒手帳を拾い上げた。まだ、誰にも踏まれたりしていなかったことだけが救いだろうか。学生証の中身を見ていないから誰が落とし主なのか、わからないがうちの学校の生徒のものには違いが無いだろう。中身を無断で見てしまうことに申し訳なさと罪悪感があったが、私は中の名前だけ拝見することにした。



「亜風炉……?」
聞いたことあるような、ないような。少し思案してもわからなかった。私はこういうことにだいぶ疎い。学校の中で有名な人でも、割と知らなかったりする。ご丁寧に、学年とクラスもそこには書かれていた。友達にことわって、私は落とし主に届けることにした。
「あ、もうすぐチャイムなるから早く帰って来るんだよ〜」
「はーい。じゃ、行ってくるね」
それだけ言うと、廊下を小走りで目的地に向かう。亜風炉君が居ると思われる教室にまで辿り着くと、深呼吸して近くに居たクラスの女子に話しかける。
「亜風炉君、居ますか?」
別のクラスにあまりいくことがない、私は少し緊張しているのか控えめな声だった。女の子は綺麗な笑顔を浮かべた後に「ちょっと、待っていてね」と言って、中に入って亜風炉君を連れてきてくれた。亜風炉君の風貌に私は息を飲む。あ、噂の綺麗な男の子ってこの子のことだ。



「僕に何の用だい?」
亜風炉君は私を見るなり怪訝そうな顔をして、そう切り出した。私は緊張しながらも生徒手帳を手渡した。亜風炉君は赤い瞳をぱちくりさせていたが、すぐに自分の生徒手帳がないことに気がついて礼を述べた。
「あ、あぁ……僕としたことが。あの、君の名前聞いても、……」
そこまで言いかけたときに、丁度さえぎるようにチャイムが校内に鳴り響いた。
「あ、もう行かなきゃ。失礼しました〜」
あわただしく駆け出す。それを見送りながら照美君が微笑を浮かべた。
「あーあ……。名前くらい聞きたかったのに、な」



生徒手帳

  


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