いえで



とても仲がいいと評判だった。君と初めて喧嘩した朝は、とても冷たい空気が空間を支配していて何処か寒いと思った。肌が薄らと鳥肌が立っていたのを思い出す。原因は些細な事だった、すぐに仲直りできると思っていた。だけど、現実は名前が家を出ていくところまで発展するほどに深刻だった。最初の内は俺もすぐに戻ってくるだろうとか、すぐに仲直りできるさと楽観的だったのだが、次第に心にどんよりと黒雲が立ち込めた。名前は帰ってこなかったのだ。刻々と時計が次の日にちを迎えても、鳥が外で鳴き始めても帰ってこなかった。逆巻いていく、感情。



こんなに離れていたのは初めてだったかもしれない。学生時代を思い出す。名前と早く会いたいなぁ、なんて思いながら眠りにつき。明日に成って名前と逢って、ああこの時間がもっと長く続けばいいのにとその時間を惜しんだ。そして、今時間に制約の無い俺たちは一緒に暮らしていた。「……名前」呟いてみても今は返事をしてくれる名前が此処に居ない。この部屋は一人で住むにはあまりにも大きくて、冷たい。もう一人いれば少し狭いねなんて笑いながら楽しく暮らせるのだろうけれど。その人が出て行った今此処には何の価値も存在しないただの空間へと成り下がるのだ。「……探しに行かなきゃ」俺は動き出す。夕暮れが町を包みだす時刻に一人、繰り出して愛しい恋人を探しに行った。



名前のお気に入りのカフェにも、友達の家にもいなかった。そういえば、衣類などは残っていて財布と携帯以外は持ち歩いた痕跡が無い。詰りは近場、俺は遠くまで出ていたがすぐに家の近くに引き返して、近くを探すことにした。と言っても近くにあるのは公園くらいか。「……名前!」息を切らした俺が情けなく名前の名を叫んだ。「!い、一郎太……どうして」名前は困惑しており、今にも泣き出しそうだったが俺が逃げようとする名前の肩を掴み抱きすくめた。「俺が悪かった、帰ろう……」「わ、私も悪かったよ……あんなことで怒ってゴメン、」お互いに仲直りの言葉を掛けた。これで、全てが元通りだ。俺たちはまた、あの狭い場所でお互いに笑い合いながら日々を過ごすのだ。



「ところでよく分かったね、私の居場所」名前が不思議そうに俺に尋ねてきたので俺が笑いながら答えた。「愛の力じゃないか?」俺がわかった理由をはぐらかすように、陳腐な言葉で飾り付けた。名前が苦笑して愛の力ねーと繰り返し俺を小ばかにするように指先で軽く突いた。「わかった、荷物でしょ?後で謝ろうと思っていてね、遠くに行けなかったの。でも謝る勇気が無かったから、すぐに行けなかったんだけど……」だから、こんな近場に居たの。と自分でも家出する勇気が無かったんだけどさと自嘲するように笑った。「だって、初めてあんな大喧嘩したでしょ。一郎太許してくれないかもなぁーって思っていたの」「まさか、俺はずっと名前に謝ろうと思っていたよ。予想以上に堪えた」「私も結構堪えた……喧嘩してもさ、仲直りできれば私は幸せだと思うんだ」俺たちの幸せに影を落とすことが無いように。伸び行く影法師を追う、燃えるように赤い夕暮れが目に染みて目を細めた。隣を歩く名前も同じように手を翳して目を細めている。家はもうすぐそこだ。


  


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