龍崎



虫さん、こんにちはなお話。ソフトですけど、空飛ぶ蛾です。


隣の部屋から聞こえた布を裂いたような女性の悲鳴。声の主は部屋の主でもある彼女であるので俺は廊下を素早く移動して彼女の部屋の前で立ち止まった。手を丸めて、軽く甲で二度ほど扉を叩いた。「おい、大丈夫か?悲鳴が聞こえたけど」「いやあああ!」……主には確認を取ってみたものの俺の声は、今の混乱している彼女の頭の中には入って行かないようで徹底的な排除がなされている。お、俺はちゃんと確認したんだからな!これで着替え中とかでも俺のせいじゃないんだからな!(いや、まあ、嬉しいけど。うん、見ちゃったらもう仕方ないよな。時間なんて巻き戻らないのだし、不可抗力だ)少しの間を開けた後に勢いよく扉を開けて、中を確認した。



が、俺の期待を裏切って肌色なんてものは全然見えなかった。開け放った扉の先に突っ立ったままの俺を見て、彼女が俺の体に縋りつくように抱き着いてきた。「皇児ぃ……あいつ倒せないい!」「あいつ?」あいつというの何であろうか?あいつとは固有名詞ではない。俺がはて、と困りながら少しだけ荒れた部屋を見渡す。あいつというのだから、恐らくは物ではなくて……生物だ。そして、恐らくは彼女の嫌いな物。不潔な黒光りかはたまた。ばさばさ、コツン。「ん?」それまで壁や、荒れたベッド机なんかを見ていたのだがその音の方角へ目を向けた。コツコツ、何度も天井の光に向かってははじかれてを繰り返している大きな子供の手のひらはゆうにありそうな蛾が一匹、羽をはばたかせて鱗粉をまき散らしている。俺が奴の存在を見つけても奴は、虚しく光を求めるのをやめやしない。「うわ!でかいな」「退治してください。お願いしますお願いします」



「窓を開けていたのか?」「網戸していたよ。なのに、いつのまにか。ああああ!汚い汚い!」汚いと罵られたことに気が付いたのかやや、こちらに寄ってきた蛾にひぃい!とあられもない声をあげて俺の背中に隠れた。気持ちは分からないでもないけれど。なんか茶色いし、鱗粉とか、光に群れる姿に良い思いは抱かない。「お、俺だって別に虫は得意じゃ、」彼女よりは平気だし、彼女に退治しろといわれたらあいつだって退治してやらなくもないけれど!目にうっすらと涙を溜めた彼女が俺の服の裾を掴んだ。「でも、このままじゃ、私この部屋で安心して眠れないよぉ……」あんなのが居るから、って落ち着きなくあいつを指差した。……一理あるというか、正論だな。俺もあのでかさのものを無視できるほど肝は座っていないかもしれない。べ、別に怖いとかじゃないけどな!



「じゃあ、退治してやるよ」全く仕方がないな、と武器になりそうなものが(恐らく俺が来る前まで振り回していたんだろう、丸めてある新聞紙)落ちていたのでそれを拾った。彼女の瞳が期待に満ちていた。……こいつが居たら此処で眠れないもんな。此処で、……此処?ああ、そうだ。「……待てよ、何も体力を無駄に消耗しなくても、あんたが俺の部屋で寝ればいいんじゃないか?」これで万事解決だな。さっさと俺の部屋に行けと促す。「それって皇児が今日は私の部屋でこいつと戦ってくれるってこと……?」「んなわけあるか、俺も自室で眠るに決まっているだろう」「じゃあ、こいつどうなるの?!明日もいるよ?!」そんな先送りにしても何の解決にもならないじゃないの!と悲痛な声が聞こえた。そんなこと意に介してもいなかった。「じゃあ、一週間くらい俺の部屋に滞在すればいいんじゃないか?」名案だな、と自画自賛していたら背中を叩かれた。さっさと退治しろとの事らしい。ったく、何だよ。


  


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