天馬と名前ちゃんが付き合うって言った時に、私は寂しさと同時に胸が酷く疼くのを感じた。内に虫が寄生して食い破られるようなそんな絶望的な感覚。私は天馬が好きだった。名前ちゃんは知らないかもしれないけれど幼馴染以上の感情を、ずっと胸に抱いていた。天馬と名前ちゃんが仲良さそうに今日の休み時間を過ごしているのを見た。急速に体の熱が奪われていくのを感じる。辛い、憎い、憎い、憎い(大好き)。名前ちゃんも天馬も私の傍に居る回数が減った。名前ちゃんに天馬を取られたから。一人でいると泣きそうになってしまう。ただ、もやもやする。



「名前ちゃん、この間貸してくれたノート……その、有難う」
久々に私から名前ちゃんに話しかけた。前に借りた綺麗な文字の並ぶ数学のノート差し出した。名前ちゃんはニッと八重歯を見せて幼さの残る笑顔で笑う。何も変わらない。名前ちゃんがノートを受け取るときに指先が軽く触れた。骨ばっていない、女の子の柔らかい手のひら、指先。トクンと心臓が乾いた音を立てた。名前ちゃんはいつもと変わらない。私だって変わらないはずなのに。
「んー、どういたしまして。私の字、汚くなかった〜?」
私の意識などとは無関係に名前ちゃんはそのまま、ノートを机の中にしまう。それから、固まって動けないでいる私の前で手をプラプラ上下に動かして私の意識を呼び戻す。
「おーい、葵〜どしたの〜?調子悪い?」
「んーん。平気」
「そう……?」



名前ちゃんが訝しげに表情を曇らせた。まさか、と思った。嫌、あり得ない。名前ちゃんは私と同じ女の子で、だから恋愛対象とかそういうのじゃなくて。私は天馬に恋をしていたはず、で……。じゃあ、さっきなんで友達の指が触れただけで私は胸を焦がした?私は先ほどのことを説明できる?(どうやって?)
「おーい、名前〜!」
天馬の声がする。振り向くと、笑顔の眩しい私と同じ程度の背丈の少年が名前ちゃん(と、ついでに私)に駆け寄ってきた。名前ちゃんが応えるように笑顔を振りまく。やめてよ。やめて。その笑顔はさっきまで私に向いていたじゃないの!苦しい、苦しいよ。
「葵、調子悪いの?」
天馬が私の微々たる異変に気が付いて、眉を下げた。名前ちゃんも私を心配そうに見つめている。
「かも……?葵、大丈夫?」



さっきの感情に納得する説明を付けるとしたら天馬は私の幼馴染で、本当は特別な感情なんか抱いていなくて、名前ちゃんが天馬を取ったんじゃなくて……天馬が名前ちゃんを私から取ったって思っているんだろう。あと、名前ちゃんへの気持ちを、天馬への思いだと、思い込もうとしていたこれが適切だ。そのほうが自然だったから。それが、自然の摂理だったから。
「うん、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしていたの」
だって、こんなの可笑しいじゃない。変じゃない。同性の名前ちゃんが好きだったなんて。こうしなきゃ私は名前ちゃんのお友達ですらいられなかったじゃない。本当は気づかないふりをしていたかったよ。(そうであってほしかったよ)ねえ、抑圧された感情は何処へ消えるの?



砂糖けの十字架


  


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -