+10円堂



いくつかの季節が通り抜けた。数多の別れと、出会いを繰り返した。私の体は大人へとゆっくりゆっくりと成長を遂げていった。精神年齢はわからないが、いつの間にかお酒を飲めるようになった。誰も咎めなくなった。責任の全ては私にある……そんな年齢になってしまった。昔、遠い記憶の片隅の矮小な私が「いいな、私も飲みたい。お母さんばっかりずるい」といっていたのを思い出した。苦笑してドンチャン騒ぎをしている皆を尻目にグラスを傾けた。何度あおっても酔いが一向に来ない。同窓会ってこんなもんなのだな。



あれから、一度もあったことのないクラスの子もいて何処か懐かしかった。来ない人もいたけれど、あの人は来ていた。こげ茶色の髪の毛に、相変わらずのバンダナ。でも、少しだけ日焼けして逞しくなった彼。その人は当時、沢山の人から思われていた。私も例外になく。あまり変わりが無いようで、少しだけ安心した。ただひとつ結婚したことを除いて。その日は、私は仕事があっていけなかったのだけれど……。漆黒の瞳を落として少しだけ頬を高潮させた彼は私の、初恋の人。
「よぉ、名前」
「ああ、円堂君。おめでとう」



脈絡も無い話に一瞬だけ顔をキョトンとさせたが、すぐにことを理解してああ!といって白い歯を見せた。やっぱり、心臓は跳ねた。もう彼は人のものだ。大事な人もいるのだ。昔のようにはいかない。鈍感な彼がどうして、お嫁さんを手に入れたのか私には少しだけ気になった。
「あの日は出張だったんだー……。大変だよ、仕事」
似合いもしない、スーツを着て。ぺこぺこ上の人に頭を下げて馬鹿みたいに、笑って。社会にもまれて、作り笑いを浮かべるのが得意になった。
「そっか!名前は綺麗になったな」
「有難う。今ね、とっても充実しているよ。……帰ったら資料に目を通さないとだし」



あはは、と乾いた笑い声が、他人のもののように思えた。小さい頃の私はどんな夢を描いていたっけ。ありったけの、希望を詰め込んだ小さな矮小な私は。兎に角ひたすらに……幸せになれるものだと信じていた気がする。遠い昔のような気もするし、最近の気もする。褪せてしまっている。絵の具を沢山薄めて、塗りたくったようにぐしゃぐしゃだ、何もかもが。円堂君も「そっか」と目を細めた。あの日の少年は何処にもいない。いるのは、私の初恋だった男の子だけだ。ゆっくり瞳に焼き付けて、私は笑った。貴方はもう、私の大好きだった男の子とは違うのね。



ああ、それにしてもきっと、円堂君のお嫁さんは幸せだね。だって、円堂君幸せそうに笑うんだもの。私が……その相手だったら、良かったのに、な。傾けた硝子に残った、わずかな黄金色の液体が喉を通っていった。全然、美味しくなんかなかった。記憶の中の私が、羨ましそうに親にせがんでいる。親は苦笑いしながら、缶ビールを傾けて珍味を頬張っている。それが、何よりも特別に見えた。大人たちばっかりそうやって、ずるいんだから。子供の私はむくれている。詰まらない。って。



あのね、貴女はオレンジジュースのほうがいいのよ。そうに、決まっているわ。円堂君を見送りながら、私は空っぽになったそれにまた何かを注いだ。



っと、変わらない夢を見ていた


  


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