きす



なんで、急に名前が何の前触れもなくサッカー部のマネージャーなんかになったのかがわからなかった。名前はそれまで、部活をしていなくて学校が終われば一緒に帰っていたから何故、急に?という感じだった。漠然とした違和感を口にすれば名前は穏やかに微笑を湛えながら、濁してその部分だけをはぐらかすのだ。どこか釈然としない。答えすらも、もらえない。名前は大人しいが、協調性には富み、気が利くし間違いなくマネージャーとしても立派に成立している素晴らしい子だ。あたしが此処まで絶賛する子は恐らく名前だけだと思う。だから……、簡単にサッカー部の皆ともマネージャーとも溶け込んでしまった。だからこそ、あたしは寂しさを覚えていた。名前が楽しそうなのは嬉しいはずなのに、だ。最近、どうもあたしは可笑しい。(元々可笑しいとかいう馬鹿はしばく)名前との時間は格段に増えたのに、他の奴らと接する機会も多くなってしまったのだ。前述の通り、名前は大人しく一定の範囲外から出てこないような性格をしていたので尚更だ。



名前がタオルを運んでいるときにあたしも一緒に、並んだ。少しだけ一緒に持ってやって。「なぁ、本当になんでサッカー部のマネージャーなんてやろうと思ったんだ?部活なんて面倒くさいとか言っていたじゃねぇか」前に尋ねて濁されてから、一度も尋ねていなかったことを聞いてみれば名前はやっぱりあたしに優しげな笑みを作っていた。今日もはぐらかされるのだろうか、とそこまで期待をしていなかった。ただ、ほんの一握りの希望に縋っていたいだけだ。それも時期に潰えるだろうか?「どうしても、聞きたいの?」と、唇が形を作って言葉になる。珍しくはぐらかしてこなくて、逆に聞き返してきた。白いタオルは柔らかくシミひとつないお日様の香りがする。名前は何処と無く寂しげな顔に成っていたがどうしても聞きたくて問うた。「出来れば。気になるじゃねぇか。あんなに嫌がっていたのに。特にスポーツ系なんて絶対嫌だ、とか言っていたじゃないか」そうだ、青春系の部活は疲れるし自分の柄じゃないから(雷門は特に有名で)嫌だとあれほどまでに言っていたのに。



それに運動はお世辞にも得意でなくて、サッカーは詳しいルールすらも知らないといっていたのだから余計に無理をしていると思うのだ。「そうだったね」と、言ってから何かを考え込むように俯き顔に影を作った。今の表情を読み込めない。「……」あたしが黙り込めば、名前がポツリ誰に向かって話しているのか、はたまた独り言なのか、弱めの声量で呟いた。「水鳥、……水鳥と一緒に居たかったから、かな」瞬間にポサッ、と柔らかなタオルが地面に吸い込まれていくのが見えた。あーあ、やっぱ手伝わないほうが、よかったかもな。余計なことしちまった。余計な仕事が増えた。「……、あたしだって一緒に居たい」名前がタオルを拾い上げて、砂を払う。その仕草に目を奪われていたら名前がゆっくりと、顔を近づけてあたしに僅かな唇の柔らかい感触と音を残した。ああ、ファーストキスだったのに。今まで誰にもこんなこと許したことなかったのに。顔の火照りと共に、残す余韻。「ごめんね、水鳥があまりにも可愛いこと言うから。私ね、水鳥が好きよ。そうね、この学校の中に居る誰よりもよ」あたしがどうしていいか、わからずに目を開いて名前だけを映していた。この感情がわからない程、鈍感ではないあたしはただ呆然と立ちすくむしかなかった。だって、嫌じゃなかったから。


  


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -