幽谷



「一年生なのに随分と礼儀正しいのね」
先輩は、私の態度を見て随分と感心したように笑った。そりゃそうですよ。先輩に対して無礼な態度で、ぞんざいなことをしてしまえば嫌われてしまうのは絶対に嫌だったからだ。
「そんなことないですよ」
ひひひ、と昔からのくせで不気味な笑い声が唇から零れていった。目を覆い隠すように巻いたバンダナ越しに合わせていた視線を逸らした。くすくすと先輩も笑う。
「月村にも敬ってあげてね。私との扱いの差でへこんでいたから」
「……、善処します」
月村先輩に敬える部分を探せというほうが厳しい気がしないでもないのですが……先輩に言われてしまえば私はこういうしかなくなってしまう。先輩はときどきとてもずるい。


「ああ、でも本当に大人びていると思うわよ。お世辞じゃなくてね」
ああ、でも先輩は……少しだけ勘違いをしているようですね。私は確かに、二つ学年が上の貴女が好きです。でも、私は全然大人びているわけじゃない。寧ろ子供じみた人間なんですよ、先輩。大体本当に大人びているのならば、私は先輩たちの扱いももっと、平等であるべきなのです。
「そんなことないですよ」
「またまたぁ」
冗談がうまいんだから、と言わんばかりに、口元を手で覆って笑う。



「いえ。私は先輩が思っている以上に子供ですよ」
そうだ、余裕なんてちっともない。ただ余裕ぶって、背伸びしているだけ。今だってそうだ。先輩が他の男子を好きになってしまうじゃないか、とか先輩が誰かにとられてしまうんじゃないかって内心、ひやひやしている。


どうやって、先輩のこと繋ぎとめていられるか……ずっと、考えているんですよ。



  


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