れっすん



フラットとシャープの嵐、細かい音符を辿ると目が疲れてきた。こんなの弾けだなんて、とてもじゃないけれど、無理だ。才能のある人間でない限りは。私は勿論才能がない側の人間である。この細かい音符の一つ一つが何の音かを数えることが精いっぱいで手を動かすことがままならない。はぁ、と溜息をついて鍵盤を指で叩いた。そして、数秒も立たないうちに明らかに間違っています。みたいな、不協和音。うげ、と思いながらまた目を凝らしながら数える。えーと、これは高いラ?……いや、ソか?仕方なしに一番下の段から数えなおす。



「名前?」解読するのに夢中で誰かが音楽室に、来たのも気が付かずに悲鳴を上げかけた。振り向くと神童君が、ドアの隙間から顔を覗かせていた。「ピアノの音がしたから誰かいるのかと思っていたが名前だったんだな」「うん」神童君の視線が私から楽譜に移る。殆ど真っ黒のそれに顔をしかめることもせずに尋ねた。「それを弾いていたのか?」「そうだよ。近々、ホールで演奏するからね」気がとても重いけれど。失敗する気がするけれど。とネガティブなことが過りながらも笑顔で受け答えた。神童君は相変わらず、譜面を見つめている。



「俺でよければ、練習手伝うけど……」まさかの提案に私が驚き「え?!」と声を上げる。防音で、よかった。今の間抜けな声が外に筒抜けならば、恐ろしい。「嫌なら、いいんだけど」薄ら涙を溜めた神童君の涙の意味がつかめなかったが、神童君のピアノがとてもうまいことを私は音楽の授業や風の噂など知っていたので慌てて「いやいや!寧ろお願いしたいよ!」と神童君の腕を掴んで引き止めた。此処で帰したら私はこれを解読するのもままならないかもしれないと必死だったのだ。恐らくそれは体外にもにじみ出ていたと思う。「そ、そうか?」神童君が私の後ろに立って、譜面を読み始める。私のように、音符を数えたりしなくてもどの音かわかるのか流すように譜面を見ている。確実にランクは私なんかよりも上だ……。その証拠にものの数分で「大体、わかった」との回答を得られた。「嘘……。私の苦労はいったい……。最初から神童君とやればよかった。いや、神童君忙しいものね。そういうわけにもいかないか」私の苦労が虚しすぎて、がっくりと項垂れると神童君が後ろで苦笑いを零した。……これが、才能か。凡才の私には非凡な彼の才能なんてわからない。



「……とりあえず、さっき間違えたところから進めてみようか」先ほど間違えたであろう箇所を指差したので私がそこの箇所を弾く。なんとか同じ轍は踏まなかったものの、次の所で間違えた。ほぼ同じところでミスを犯す自分は何て、惨めなのだろう。神童君が何を思ったか後ろから私の手に手を重ねた。私より一回りくらい大きな手に驚いた。ピアノをやっているせいか。「ちょっと、俺と弾いてみようか」「出来るの?」「多分。でも、この曲は初見だ」耳元で聞こえる声と背後に感じる神童君の気配。それからの、神童君とのレッスンはやけに短い時間に思えた。


  


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