佐久間



日が暮れて、あたりはもう暗く紺碧の色に染まり、夜空を見上げれば一番星がきらりと頭上で光っていた。塾帰り、今日は両親が忙しく「気をつけて歩いて帰ってくるのよ」と母親に言われてしまった。仕方なしに冷え込む夜、街頭の明かりだけを頼りに歩いてゆく。お腹がすいた。早く、帰りたい。そんな考えのもとただの歩みは段々と速くなり、次第に早歩きへと変わる。たまに、すれ違う人にぶつからないように気をつけながら目もくれずにただ、ひたすら歩く。
「お、誰かと思えば」



不意にすれ違った人から声をかけられ私は、後ろを振り返る。暗く影の覆われた人物に目を少しだけ凝らして、確認すると口を綻ばせた。
「あ、佐久間」
こんなところで、会うとは思わなかったため驚き目を丸くし幾度か瞳を瞬かせた。
「……今、帰りか?随分遅くまで塾やっているんだな」
私の肩から下げられた塾の鞄を見て、首を少しだけ傾げた。
「そうそう。……佐久間は、練習の帰り?」



今度は私が尋ねる番だった。幾分練習のせいか、土に汚れたユニフォーム。そして、ボール。佐久間は何度か頷き、肩にかけていた鞄を右手でかけなおして、聞き返す。
「まあな、親は迎えに来ないのか?こんなに暗いのに」
辺りを一度だけその隻眼で見渡して佐久間が心配そうに、口元を結んだ。
「んー……。今日は忙しいから歩けっていわれてさ」
困ったように肩を竦め、笑う。そんな様子を見て佐久間は隣に立ち「……送ってやるよ」とニッと歯を見せた。
「ん……。有難う」
少し欠け、満月になりきれない月が佐久間の白銀を照らした。それが、眩しくて私は目を細めた。




  


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