緑川



目の前の少年は誰だ。真っ黒な瞳を嬉しげに細めて、私をさも知っているかのような口ぶりだ。抹茶を溶かしたような、黄緑色の髪をひとつに束ねている。私にはこんな男の子の知り合いは居ない。そもそも、交友関係も広いほうではないし、男子の友達となると更に限られてくる。
「人違いじゃないですか」
冷ややかな視線と微笑を向けながら、同い年程度の少年にそういう。抹茶色の髪の毛を揺らしながら、首を横に振った。
「それは、ないよ」



随分と、自分の判断に自信があるらしくて否定された。私は知らないといっているのに……人違いの可能性が濃厚だと思われるのにも関わらずだ。先も私の名前を呼んでいたから若しかしたら相手は知っているのかもしれない。でも、私は知らない。
「誰なんですか?名前を教えてくれればわかるかも……」
名前、それは情報の中でもかなり大事なもの。これを聞けば若しかしたら思い出せるかもしれない!名案だ!と思ったのに……目の前の彼はあまりいい顔をしていなかった。
「うーん……。俺の名前いってないからなぁ……。わかるかなぁ……」
そういって、頬を指先で軽くかきながら何かを思案しているようだった。そして、何かを思いついたように口を開いた。



「あ、そうだ。レーゼって言えばわかるかな?」溶けた抹茶を見上げると、ニッと瞳を歪めて結んでいた髪の毛を掴んで天へ持ち上げた。……レーゼ、レーゼ……はっ!前に宇宙人と名乗って学校を破壊して回っていたあの抹茶ソフトクリームのことか……!ようやく此処に来て、全てを理解した。あいつ、溶けたんだ!まじまじと彼の足のつま先から、顔まで見つめる。その様子を面白そうにレーゼは見ていた。本当の名前を知らない私は彼をレーゼと呼ぶほか無かった。……教えてもらっても素直に名前を呼びたくないが。



「……ちょ、っと……!どういうことよ!」
奴の胸倉を掴む勢いで、啖呵を切るように声を荒げた。
「冷たいなー……。ずーっと見ていたのに、俺は」
ニコニコと笑う彼は昔に見た、冷徹な男の目をしていなかった。寧ろ子供の無邪気さを兼ねているような瞳だ。今までの性格は作ったものだったということなのだろうか?こんがらかった頭の中で導き出された答えはいとも簡単なもので。それが正しいかはわからないけれど、レーゼは笑う。



「緑川……リュウジ。もうレーゼじゃないよ」
そういって可愛らしいポニテを背中へ流した。
「今度は……ちゃんと、言えるから嬉しいんだ」
大好きだ、ってね。悪戯に細められた真っ黒な瞳に私は瞳を逸らすことしか出来なかった。ああ……あの憎き抹茶ソフトは、溶けてしまったんだ。






  


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