香芽



また、間違えた。嫌になる程に見てきた数式。目が滑る。あと何問、解けばこれから開放されるのか?……鐘が鳴るまで終わらないのかと思うと絶望的だ。ご飯を食べた後で余計に眠たいし、瞼も重たい。許されるのならば寝てしまいたい。前の香芽君は真剣に、解いているのか頬杖をつきながらうつむいている。私は少し嫌になりながら、乱暴に消しゴムをノートに擦り付けた。擦れて小さくなった消しゴムが役目を終えたときに半ば投げ捨てるように、ぽっかり口の開いている筆箱に入れた……はずだった。ポンポンと何度か弾んで、小さく角の無い消しゴムは跳ねて前の席の香芽君の椅子の下に行ってしまった。
「ごめんー。香芽君、消しゴム取って〜」


軽く会釈をしながら、香芽君に頼むと香芽君は無言で屈みこんで私の小さくなった消しゴムを手に取った。そして、体を少し捻って私の手のひらにおいた。
「ほら」
一瞬だけ、香芽君の大きな手が触れた。あんまり会話したこともないだけに、頬に熱が集まるのを感じた。すぐに離れた手のひら、香芽君がニヒルに口角を持ち上げている。数秒ほどそれに見とれていた。女子に人気があるとは前々から思っていたけれど本当に整っているしまじまじと、彼の顔を見たことが無いから余計に心臓によろしくない。消しゴムを手渡した香芽君は、また体を前に向けて先程と同じ体制で問題を解き始める。


何の変哲も無いやり取り、他愛も無い数秒程度の会話ともいえないような会話。火照った頬を押さえつけて、また平然とした態度で問題に向き合う。まったく問題が、数式が、答えが頭に入ってこない。これだから、数学は大嫌いなのだ。今度は別の理由で、数式を解けずにいるなんて気づくよしもない。





  


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