詐病光良



選択・シリーズの風邪っぴき夜桜とつながっている、かもしれないし、繋がっていないかもしれない。と思うけどやっぱり、関連性はあるかも。



折角、風邪を完治したと思ったら、また夜桜が風邪をぶり返してダウンしたらしい。個人的にはその時点で信じがたいのだが先生が事務的に朝のホームルームで告げたのだから、恐らく休んだ、という部分は流石に間違いではないのだろう。だが、ずっと違和感が生じていたのは何故だろうか。携帯がまたちかちかと発光している。どうも今日一日中、メールの送り主はやることも無く暇だったようで授業とかこちらの都合など一切お構いなしに、何度もメールを送ってくる。先生にばれないようにそっと手のひらで携帯を翳しながら、内容を目で追う。「名前、がっこー終わった?早く来てね」「あともう少し、終わったらすぐ行くから待っていてね」素早く、ばれないように先生の目を気にしながら打ち込んで机の中に隠すように入れた。退屈な帰りのお知らせを淡々と抑揚のない声で述べていた定年間近の頭髪が寂しい先生が唐突に「では、皆さんさようなら。気を付けて帰ってください」と告げた。てんでそれ以前の内容が、頭に入っていない。夜桜のメールに気を取られ過ぎた。確実な事と言えば今日はこれで終わりらしい。先生が、立てつけの悪くなってきたドアを開けて出て行ったのを見て、そう思った。



前回、夜桜の家に行ってからまだ然程日にちが経過していないように思う。ただ、夜桜に来るように言われると断るという選択肢が、頭の中から除外されるのだ。なんだかんだで放置と言う手段を取れない。夜桜の家のチャイムを指で軽く押すとどたどた駆ける音が聞こえてガチャリと何の警戒も無くパジャマ姿の夜桜が扉を開けて、私の腕を引いて暖かい家の中へ引っ張り込んだ。「いらっしゃい!あがってあがって!あははははっ!」ノリが明らかに遊びに来た友人を迎えているとかそういう感じなのだが、果たして本当に病人なのだろうか。「……夜桜、本当に風邪?」当然の疑問を口にしながら夜桜の額に手を付けた。外で冷えた手が冷たかったのか「ひゃっ!」ってあられもない声をあげて手から逃れ、ベッドに身を隠してしまった。一瞬だけしか触れられなかったが、熱があるように思えない。微熱か、はたまた(考えたくないが、詐病か)。「俺林檎食べたい。林檎剥いてっ」



私に考える隙を与えないと言わんばかりに、テーブルの上に置かれているバスケットの中に入っているフルーツの林檎を指差して、夜桜が食べたい食べたいって連呼する。私の問いかけには答えてくれない。都合が悪いことらしい。恋人に可愛くおねだりをされれば、大抵の人間はコロッと落ちるだろう。私は例外ではない。夜桜の仕草にキュンと胸が絞められて、赤く染まった果実を手に取りわざわざ用意されていたのだろう、籠の隣にご丁寧に用意されていた、あまり使い古されていない果物ナイフをきき手に持った。「毎日風邪ならいいのになァ!あ、兎がいいー!兎にして!」「……苦しいじゃん。私は嫌だよ」高熱に魘されていた私は、到底風邪なんか進んで引きたいとは思えない。大体つい先日まで私も夜桜も風邪で寝込んでいたのに、よくそんなことが言える物だ。溜息を一つ零して、林檎を夜桜の要望通りに兎さんの形に切りそろえてやった。上に残酷にも爪楊枝をさして、夜桜に渡す。それから、危ない刃物をしまって元の位置へ。



「あ、あはははっ!ありがとー!」爪楊枝は使う気が無いのか、そのまま素手で林檎を掴んでシャリシャリと咀嚼して、飲み込んだ。美味しそうで何よりだと思ったところでまた、「ねえ、夜桜……本当に風邪なの?風邪ひいていないんじゃないの?」尋ねた。焦りの色を浮かべた夜桜が急に咽た。「げほけほっ!う、あ……けほっ!」「わ、夜桜大丈夫!?」涙目になった夜桜の背を軽く、撫でるように手を往復させて擦る。夜桜はその行動に落ち着きを取り戻して、息を整えた。「信じてないのかよォ?」「だって、前の時より元気そうなんだもの」今日私を迎え入れたときの夜桜の態度はまるで、遊びに来た友人をまねくそれだったのだから。疑うなと言うほうが難しい。夜桜は申し訳なさそうに今日初めて「ごめん、」と呟いた。



やっぱり、詐病だったんだ。と怒る気にもなれずに項垂れると夜桜が弁明してくる。「違うんだ!学校をずる休みしたかったわけじゃないんだよ!」必死の身振り手振りでずる休みしたかったわけではないとやたらに強調してくるので、夜桜の目的はそこに存在しないのだと、把握した。夜桜は素直なので、書く仕事は下手の部類だ。では、何がしたかったのかと視線を夜桜に集中させると夜桜は白状したのか、「名前が……俺が、風邪ひくと優しかったから……、俺、また沢山優しくしてほしくて、それで……名前怒んないで、出来心だったんだ!明日は学校も行くから、ちゃんと。今日だけでいいから、」「うん、いいよ。許すよ。何となくわかっていたから、そういうの。学校休んだのはよくないけどさ」「う、ぇ?あは、あははははははは!名前大好きィ!」もう、演技する必要すらなくなったことに気が付いた夜桜がベッドから跳ね起きて私に抱き着いた。それにしても、理由とパジャマ姿が可愛いんだけど、どうしようこの子。

  


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