彼女を初めて見たのは、そう……しん様と歩いている姿だったかな。二人はお互いに歩幅を合わせながら初々しく歩いていた。だけど、ときたま幸せそうに笑う。二人の間には幸せな時間が流れていた。電柱の影から眺めていた私なんかに気がつかずにその時間に浸り続けていた。あまりにも名前様が綺麗に笑うから。私はそれに思わず、見惚れてしまった。あんなに美しい方を他に知らない。



「名前さん」口にするとときめき、甘い痛みに変わる。ああ、名前様。貴女には申し訳ないことをしたと自覚しています。私が思いを寄せる相手は貴女なのです。ごめんなさい。でもいえないからこそ、“しん様”と呼んで貴女から逃げているのです。名前様、昼夜問わず貴女が頭を離れないのです。名前様。本当は貴女の写真で一杯なのです。自分でもとても気持ち悪いと思います。写真だってそう……しん様と一緒に写る貴女が目当てなのです。名前様で満たされたくて貴女を苦しめている。しん様というのが、カモフラージュだと知ったら、貴女はどう思いますか?



「……茜ちゃんは本当に拓人が好きなんだね」そういって辛そうに大きな瞳を伏せて私を悲しげに見つめた。まさか、名前様を写している、だなんていえなくて私は否定も肯定も出来ずにただ、ぼんやりと名前様を視界に映して黙ってしまった。それを肯定と捉えたのか名前様はにっこりと笑顔を作って見せた。ああ、今の笑顔。凄く素敵でした。カメラを構えるわけにもいかない私はそれを目に焼き付ける。だって、名前様は私がしん様を好きだと信じきっているのだから。そう……。毎日あきもせずにパシャパシャフラッシュをたいて写真を撮っていれば誰だってそう思うだろう。



「……名前さんは、しん様が好き?」「……ええ。好きよ。茜ちゃんには若しかしたら負けちゃうかもしれないけれどね」やっぱり、あの時と同じ幸せそうな顔をして僅かな時間を置いてそういった。私の質問に答えただけのはずなのに心臓は私の意志とは無関係に鼓動を刻み続ける。泣きたいくらいに切ない。恋というものが、こんなに辛いのならば私は二度としたくはないと思う。最初から報われない恋をしているのだ、私は。望みが無いから好きにならない、とかそんな器用なことが出来るのであれば私も最初からこんな思いを抱えることは無かっただろう。人間はなんて不器用なんだろう。



「……あの、名前さんの写真……一度だけ、撮っても……?」カメラを汗ばんだ手で強く握り締めながらそうたずねた。名前様はそんなこと聞かれるとは思っていなかったのか、驚きを隠せない表情を浮かべながらすぐに笑顔を見せてくれた。私にだけ向けてくれた笑顔をぱあっと咲かせた。「拓人はいないけれど、いいのかしら?」うふふ、と上品に口元を手で覆いながら目を細めた。ええ、だって私の目当てはずっと名前様ですから。吸い寄せられるように、よく手に馴染んだカメラを持ち上げて名前様に向ける。


「はい」……だって、私が撮っていたのは名前様ですから。言葉は発することなく私は、胸の内に秘めたままにする。報われることは決してないのだから。私の幸せなときを知っていますか?名前様は私じゃなくてしん様と一緒に居るときが一番幸せなのでしょうけれど……私が一番幸せな時は……名前様の写真を部屋で眺めているときなんですよ。



パシャリ。
フラッシュをたいたそれがぴかりと一瞬だけ発光した。名前様は目がチカチカするのか数度瞬いている。それから、屈託の無い笑みを浮かべた。私もそれに一緒に笑った。名前様は何に使われているか知らないから笑っていられるのですね。今日も深い眠りに落ちる前にしん様と一緒に写る、名前様の写真にゆっくりと、口付けをする。それからあの時、初めて撮れた名前様一人だけが写る少しだけ緊張して手振れしたを写真を、大事に写真たてに入れて机の上に置いた。「名前様、好きです……」最初から、望みの無い恋でした。



真の中の貴女は美しく笑う


  


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