喜峰



多分、前のお話


名前が死んでから日が浅い、だから傷が癒えるのもまだまだ時間がかかりそうだった。死因が、事故なら可哀想な悲劇なのかもしれない。ただ、自殺と言う己の命を自ら絶つという事だから俺自身の魂が救われずにいた。残された手紙を何度も眺めては、俺はこれからどうしたらいいんだろうと思考に海にダイブした。くらげのように漂っては、答えの無い問答を繰り返した。学校にも行かずに引き籠る俺をキャプテンや仲間は心配そうに訪問しては慰めて行った。強制的に連行なんて乱暴な手段はとらないのが幸いか。キャプテンならやりかねないと思っていたのに傷心気味の俺に対してはできないらしい。恐らくこれがただの、怠けで行きたくないなどならば強制連行だったけれど。



近頃はよく夢を見る。名前に逢えるのだ。生前の名前となんら変わりの無い高邁な姿をして。岬のせいではない、って言ってくれる。俺は夢に入り浸るように水や食事を口にすることなく眠り続けるようになった。一日の殆どを寝て過ごす。体の気だるさも人一倍感じるようになったけれどそんなことは問題ではなかった。「また、逢ったな」「……うん、岬。でも、食事とかはちゃんととってほしいな。私心配で何処にも行けないよ」「ならば、此処にずっといてくれよ」心配を掛ければ何処にもいかずに名前の魂は永劫に此処にとどまってくれるのだろうかと思うと俺は。至愚でも構わない、此処こそが俺の生きる世界なのだ。



これが逃避だとしても名前に触れられる。手の甲で頬に触れれば温かみが手の甲に宿る。「……岬、最近学校に行っていないね」最初は夜に逢えるだけで良かった。でも欲が出た。夜の僅かな時間だけでは不足していると感じてしまったのだ。それは人間の欲の塊、俺の欲。貪欲なまでに貪るように眠り続けては名前に逢った。「ねえ、もうやめない?私、岬がそんな状態なの見て居られないよ食事も水もあまりとらずに痩せていっている」名前の姿がおぼろげに微かに掠れた。嫌だ、嫌だいやだいやだ。俺が救えなかったことを、今でも後悔しているんだと泣き叫びたくなったのに夢の中の俺は何も出来ずにただ直立して泣きそうな顔をしていた。ぼんやりと歪む、滲む、掠れる。「もう、行くね。岬にはこれからたくさんの出会いもある、私サッカーをしている時のキラキラ眩しい岬が大好きなの」名前が優しく慈愛に満ち溢れた微笑を見せた。いかないでくれと手を伸ばしてもするりと最初から存在しない、幻影のように手をすり抜けた。もう温もりも何も残されていなかった。



目覚ましが鳴っている(あれ、俺セットなんかしたっけか)。目覚めたとき気分はすっきりしていた。喪失感もあったきがするのに、なんだか靄がかかったように何も思い出せなかった。ただ、望まれていたことだけを思い出して、呟いた。「久々に学校に行くか」「行ってらっしゃい、」名前の声が聞こえた気がしたので俺はつい癖で行ってきますと言った。朝の眩しい光が目を刺した。それでも、なんだか清々しくて俺は深呼吸をした。登校時にチームメイトと出会った。「なんだかすっきりした顔をしているな。もういいのか?」「いいというか、名前がそれを望まないと思って」晴れ渡る空は俺の心を映した鏡のようだった。名前、見ているか?


ジュゴンの唄

  


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