とある幼なじみによる世界改革2
殴る手は痛い。心さえもがズキズキと悲鳴を上げる。それでも俺は、ヨシの為に笑うんだ。
「兄貴、明日はお出掛け日和っスよ!」
「日向は嫌いだ。痛い」
「俺が日焼け止め塗ります!至る所、全部っ!」
「卑猥。痴女…いや、痴漢か?」
「シュンが駄目ならオジサンが立候補しましょ、そーしましょ!どうするんだい、ボス?」
革張りのソファなんて滅多に座りやしない。カツンカツンと靴音を鳴らして戸口に背中を預ける。あらまあ、固まっちゃって。皆は俺が怖いらしい。
「シュン、ヨタカ、おはよ」
「「おはようございますっ!」」
夜なのに、声を揃えて挨拶をした可愛いワンコの頭をひと撫で。ヨシの容姿や強さのお陰か何なのか、彼等が懐いたのもそう時間は掛からなかった。ビバ不良。
有り得ないぐらいに数が居るこのアストルに、俺は無理矢理に居場所を作ったのだと思いつつも、気怠そうに金髪を弄る幼なじみを後ろから抱き締めた。
「遅れた、ごめんよー」
「別に気にしていないが、心配した」
「ふはっ、それって結局どっちよー。俺、返答に困っちゃうよ、お月様ァ」
ちゅ、と偽物の髪の毛に口付ける。これこそが俺と彼等の差を表す為の行為。嫌がらないのは、俺がヨシにとって信用足る人物だから。それ以上の理由は要らない。
偶然新月の日に大々的な抗争に参加した事から呼ばれるようになったお月様。子供心があれば羞恥に思ったかもしれないけど、残念ながら俺達はそんな気持ちさえも捨てて生きているのだ。
「―――だったら、言おう」
肩に埋めた顔から、鼻筋。触れた肌は程良い温もりを保ち、彼が人である事を俺に教えてくれる。ゆっくりと耳に入るその甘い声なんて、中学生が出すものの比にならない。
「普段なら一時間も離れないから落ち着かなかったし、寂しかったに決まっているだろう?なァ、可笑しい事を俺は言ったか?」
少しずつ顔を出す本性。顔は見えないままだけれど、誰かがゴクリと喉を鳴らすもんだから笑えない。毎日が飲み会のような騒ぎを起こす此処では、遂にヨシも酔ったのかと笑ってしまった。
「だってさあ?マツリが絡まれてたんだよー。俺がボコした後だからあんまり動けない所をさー?」
「………コトリが?」
「そ。女取られたとかのいざこざ。俺様だった頃のマツリじゃ無いからね、知らないや」
スリスリと密着する。離したくない、離れたくないなんて言いながらくっつけば、シュンもヨタカも何も言わなくなった。
「ふく、そーちょ、…ハァッ」
手負いの飼い犬が戸口を開いた事を確認して、ヨシから離れる。傷の少なさからして喧嘩には勝ったらしい。お疲れさまの意を込めて、駆け寄った後に抱き締めてやった。
これがご褒美だと思う。嬉しそうだし。
「お疲れ様、マツリ。ヨタカに傷を見てもらってきな」
「は、い…」
額に口付ける。お疲れ様、面白かったよ。俺やヨシに目をつけた不良共の処理までした君には盛大な拍手と、後は、うーんと。ラブ的な何かをあげようかなあ、ね、それでいっか。
「ヨタカ、宜しく」
君達は俺のオモチャだ。
(彼を慰めるが為の)
君達は俺の存在意義だ。
(管理し、保護をしては)
君達は俺を恨むだろう。
(飼われる人以下の存在)
強者の前で膝を着く弱者よりも、背中を追い続けるペットが欲しい。バカで我が儘な俺の一人遊び。気付かれないようになんて、結構無茶な賭けだよね。
◆
バーカウンターに背を預けるように座りながら何かを描くヨシを見る。自分を怖がらないペットが出来たからか、日常的な学校生活にも余裕が出来たらしい。精神安定剤の役割も彼等は果たすつもりかは知らないけど。
「シズの髪は桜色か」
「綺麗だよねえ」
「俺達は『この色』だがな」
「あは、似合うっしょ?」
「お前はな」
場にそぐわないスケッチブックに鉛筆。それから色鉛筆。水彩画は描かないのだろうかと眺めつつ、出来上がっていくのは我等がアストル一同である。
「総長ォ、何描いてるんスか?」
チームに入ったばかりのスキンヘッドが恐る恐る話し掛けてきた。その様子に気付いているか否や、ヨシはスケッチブックから目を離さずに「秘密」と一言。
人には見せたがらない所が、人間らしいなあと思う。
「ヤス、出来た」
「マジで?見せて見せて」
俺も同じようにカウンターに背中を向けて覗き込んだ。足下には現在正座中のシュンだけである。罪状は『無断で喧嘩をしちゃいましたでしょう』だ。
「ふはっ、アストルの幹部も居るじゃん!」
ヒラヒラなエプロンを着けるシュンに、クジョウに背負われているヨタカ。マツリに絡まれているシズクは半泣きのようだ。カゲロウはソファで体育座りのまま、飲むヨーグルトを何ダースも並べている。
そんな光景を、今や日常と呼んでも良いのかもしれない。
「ちょ、副総長…そろそろ駄目っスか…!?」
「駄目だっつってんだろ、オニィ」
「喧嘩をして傷付いたお前が悪い。大人しくしてろ」
「ッ……はい、」
優しく頬を撫でられているシュンを見下ろして、もう一度絵を眺める。彼がその網膜に焼きつける世界は、こうも彩っているらしい。