箱庭番外編 | ナノ




 世界中の嘘吐きを集めて


偽りの金色を揺らし、気分によって変わる身を包む漆黒はシルクの薄着。口から紡がれる歌は誰も耳にした事の無い調和を乱し、人々の視線を集めて逃れていく。

夜なのに明るい路地裏から見上げた空は真っ暗で星の一つも見えやしない。唄の最後に発された音は、低く脊髄に甘く響くようなそれだ。ゆらゆらと揺れて、指を隠した袖ごと握られた鉛筆で描く世界は何より美しい。

見える一瞬をどうかこの手に。
(閉じ込めて、閉じ込めて)

見えた深海色を今はこの手に。
(空がただ、好きだから)

「そーちょー、何してんですか…?」

不思議そうに此方を見つめる視線は不安に塗り潰され、今にも消え去りそうだ。―――だったら、傍らに座ればいい。促した場所に腰を据えた紅の頭を撫でようと右手の鉛筆を安物のノートと一緒に左手に持ち直した。

「夜を閉じ込めたかったんだ」
「夜を、ですか?」
「ああ。…でも、駄目だった。星が見えない。ベガもデネブも、アルタイルも」

見上げた先には薄い雲が横殴りに走っていて、月もその視線から逃れるように雲に包まれていく。その様子をブロックに座ったまま見上げる人は微笑を携えているのに、哀しそうで。

いつもなら隣に必ず立っていた人が居ないから交わす事の出来る言葉に、ただ自己嫌悪。敬愛している人だから、その滲んでも尚隠そうとする哀しみを拾いたい。

貴方が紡ぐ唄は美しい。
(だって、何よりも穢れが無い)

貴方が彩る世界は愛しい。
(だって、それが貴方の理想郷で)

貴方が司る支配が恐ろしい。
(現実は、こうも皮肉だ)

モノクロで創られていく世界は理想郷だろうと苦笑いを煌めくルビーに滲ませた人は今は居なくて。待ち人が来ないのだろうか。それとも何かを探しているのかとつい最近染められたばかりの、鬢の黒を撫でて思案する。

世界から色を消してしまう神を知っているからこそ手離せないその背中。立ち上がり、振り返っては差し出された右腕を壊さないようにと細心の注意を払う。

「オニはいいなァ。紅だ。灼熱の紅。全てを灼き尽くす無尽蔵の焔で、沢山の『要らない』を壊してくれる」

歌うように紅だと笑う人の表情はただ能面で、踊るように裏路地の更に奥。自身達が支配する区から離れた街は、寂れた小さな民家が並んでいる。

この紅が己なら、目立つように主張する漆黒は貴方だと分かっていてくれているのかと気付き難い所有印は風に揺れた。彼の背中を追いながら見えた空には、確かに星は一つも見えなくて。織姫星も彦星も逢い引きする事が許される一日は、確か雨だったかもしれないと息を吐く。

移り変わる見知らぬ道。辿り着いた公園には、落書きだらけの象の滑り台。ギィギィと音を立てて揺れるブランコは、風の所為なんだろう。

「次の集会には来れないから、後は頼む」
「三日後に何かあるんスか?」
「テストだな。確か」
「あ〜…三年って大変なんスねー…」
「そうだなァ。忙しいんだ。…とても」

わざとらしく笑った姿に何か間違えてしまったのかと困惑。初めて集まりに来れなかった時、疑問に思えば『学校なんだ』と口にしたので、雰囲気と容姿的に何故か高校三年生だと思われている事に男は苦笑。

「学校なら仕方無いっスね」と少しだけ拗ねた紅毛の頭を撫でる。錆びたブランコに座るように促して、紡ぎ始めた歌は誰も知らない音をなぞっていた。実質、高校三年生と思われている中学一年生は、子守唄をよく歌ってくれる飼い犬を思い出して声を風に乗せ始める。

「―――…Ora, cerchiamo di dormire.(今、眠りにつこう)」

アカペラで紡がれる、贅沢な子守唄。輝きを放てない星々が歌声に呼応するように、一度だけ輝いたのは気の所為なんかでは無いのだろう。

ステージは古ぼけた公園。観客は紅毛の狼。歌い手は、金色の王である。





××××××
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -