箱庭番外編 | ナノ




 君を見つける10のお題



*君を見つけてしまったあの日


パタパタと廊下を走る。引かれたままの手の先には、確かに笑う赤が居た。邸には人は居ない。「「誰か居ませんか」」揃えた声はただ霧散して消えるから、顔を見合わせて冒険の旅に出る。

グス、と。鼻を啜る音。

大きな扉の先には、小さな身体を更に丸くさせた一人の男の子。膝に埋めた顔を上げるつもりは無いのだと暗に言われているようで、子供二人は顔を見合わせた。



* 思いがけない暖かさに


両手を引かれたと気付いたのは、何も無い邸から飛び出して僅か二分。

「ねえ!なんでないてたのさ!」
「いたいことでもされたか?」
「……」

二つの黒を眺めながらの状況整理。「ブランコってなんだ…?」と傾げていた首を元通りにしてから此方を見やる一人に「遊ぶものだよ」と答えてしまった。何だ話せるのかと言いたげな視線を押し止める。

「―――じゃあ、おれたちとあそぼうぜ」

赤い目に捕らわれる。ぼうっと見つめれば、怖がられているのだと思ったらしい。小さく笑みを象った口許をそのままに、赤は着ていた服の袖で隠されてしまった。ああ、勿体無い。呟きかけた唇を押さえる。

人の温もりなんて久々かもしれない。



*ただ、君と居たいと


「―――…違う学校って…」
「神王院ってとこらしいんだけどねえ…。成り行きで受ける事になったんだわ!あは!」
「確かお前はあの共学だったか?」
「…まあ、そーだけど」

まさかまさかの展開に目眩。男子校に行くかもと笑みを浮かべた従兄弟に見開いた目は次第に煌めきを作り出したが、これからは一緒に居られないのだと分かって目を伏せた。

いいなあ、と呟く事も許されないのだから。せめてまた会えるようにと渡したそれが、二人を守ってくれますように。願うのだ。



* 戸惑いと、温くなった缶コーヒー


ギィ、と鳴ったブランコに腰を掛けた赤茶色に渡された缶コーヒーを飲み干した。手にしているのは、逆光眼鏡である。最後までシリアスで終わらせる気の無い彼に、二人はプレゼントされたそれを掛けて、左腕にミサンガを一本。

黒と赤と茶色。纏まりも彩りも考えられていない組み合わせに苦笑。「サンキュー!」と声を大にして、「ありがとう」と双眸を和らげた。

「男に絡まれたら教えてよ?」

両手で握った缶を口につけて、二人の前で笑う。滲んだ視界には、気付かない振りをした。


*あの日見つけたあの表情


思い出すのも忍びないのかもと眉を寄せて、片割れが居ない左側を見つめながら息を吐いた。初めて会った時は泣いていた人は、今は容姿端麗でただのリア充である。どうせ、高校に受かれば、見学会の時に一目惚れした少女を追い掛けるに決まっているのだ。

「そー言えばさ、ペットさん達どうなったの?」
「んふふ、捨てちゃった!」
「出た、飽き性」

薄い本を片手に此方を見た彼に頷いて、「ヨシが嫌がるからさ〜」なんて嘘臭い言い訳を吐く。「人間がペットは嫌でしょ、普通は」と真っ当な答えを無視して目を瞑った。

最近は笑う姿しか見ないなと思い、初めて会った日の涙を思い出す。


*踏み込めない、踏み込んでいい?


表情筋があまり動かないのだと言った時、小さい手を震わせながら頬を引っ張られたのを思い出す。涙を流しながら、真っ直ぐ此方を見上げる年が同じな子供。

―――血縁者だと知ったのは、出会って二年した頃だった。従兄弟なんて存在したのかと幼子に頭を下げる自称教育係の袖を引く。

『どうか致しましたか、坊ちゃん』
『なんでもない』
『ヨシどしたー?』
『……いや』

泣いていた姿は鮮明に覚えていた。ウサギのように赤くした目尻には、流した涙の跡が少し。勢いで引いた手は嫌がられなかったから、あの頃の世間知らずな自分を殴ってやりたいとも思ったのは確かだった。

縁者は大切にしろと老夫婦は言う。嗄(しゃが)れた声で頭を撫でて、『大切にしてやんなさい』と何度も言い聞かせるから。踏み出すにも、踏み出せなかった覚えがある。

「美樹、平凡受けってどう?」
「残念ながらどうも思わない」
「……あっそ!!」


*逃げる君と、追う権利を持たない僕


「…飛鳥くん?」
「っ、…八雲ちゃん!どうしたの?コミケの話だったら…」
「あ、違うよ。いきなりごめんね。携帯見て固まってたからさ」

困ったように眉を下げた少女の隣に座ったまま空を見上げる。そよぐ風を感じながら、先程まで眺めていたのは従兄弟のペットである一人の美男子からのメールを思い出した。

『総長を見つけた』

短文に込められた想いは喜色に染まっているのだと思うと、何とも言えなくなる。夜の姿しか知らなかった彼が本当の姿を見て、気付かなければそれでいい。そんなどうしようも無い自身を嘲笑って、逃げる事しか出来なかった過去を振り返る。

「逃げきってくれよ、ほんとに」

誰から、なんて愚問なのだ。


* 九分の恐怖と、一分の期待と


『坂巻サン』
『………どうも』

ネオン街を歩いていた時、力強く引かれた腕の先には紅。年下の自分にまで敬語を使うから戸惑ってはいたが、一年は長くて短かった。ギチリと鳴った手首に苦笑して、彼等が集まる溜まり場へと向かう。

歓迎をされた事は無かった。金と銀に挟まれて、大切な家族だと紹介された時の彼等の泣きそうな顔は確かに記憶にある。要らないのだと、理解した。理解せざるを得なかったのだ。

『総長が何処に行ったとか、知りませんか』
『祭くん、総長と副長不足で死んじゃうんですよォ。ねえ、教えてよ!!』
『飛鳥さん、あの、お二人は、何処に行っちゃったんすか…?』
『オジサンにだけでも教えてくんない?』

『―――…頼む。今頼れんのは、てめえしか居ねえんだ』

飼い主を無くした犬は鳴く。揺らぐ紅を見つめながら、飛鳥は視線を泳がせた。小さく呟いた『ごめんなさい』は、情けなくも震えていた。


*震える手が伸ばされた


『たすけて、だ』
『……たすけて?』
『おまえがのぞむなら、おれはおまえをたすけるよ』
『…いたくない?』
『ああ、いたくない』
『つらくない?』
『おれとヤスがいるとつらいか?』
『ううん、…たのしい、よ』
『だったら、ほら』

―――伸ばした手の先に同じくらいの大きさの手を乗せた。

『たすけて、よしき』


*もう、見失ったりはしない


『薊に御座います』
「薊かあ…久し振りだね」

耳障りに良い声を聞きながら、飼っている猫を撫でた。にゃおん。可愛らしく鳴いて擦り寄る姿に深まる笑み。

電話の先に居る教育係の苦みを加えたような声色に首を傾げていれば、『飛鳥様』と震える声が脳を叩いた。感情や本心を悟らせるのが苦手な人物ばかりが周りに居るなあと思いつつ、出来る限りの優しさを込めて名前を呼ぶ。

『飛鳥様は、黛八尋を御存じであらせられますか…?』
「黛…?会社の一つ二つならあった筈だよ?」
『……そう、ですね。愚問でした。申し訳ありません』

数時間前に別れたばかりの彼等の話を聞き、寝床につく。既に邂逅しているのかと薊の様子に眉を寄せていれば、腹這いになった愛犬が一枚の便箋を加えていた。

―――中身を読んで笑う。

「……心配性なお兄ちゃんかっての」






××××××
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -