冷徹ジャンクション
好きなものは絵を描く事。それは好きと言うべきか迷っていたけれど、好きで良いのだと笑った人が居たから好きなものへと昇格した。
好奇心は人を滅ぼす。
「兄貴、居たッ!!」
幼いながらに整った顔立ちを持った年上のお兄さん。それでも自身より少し小さくて愛らしい。そう言えばと今日は夜のあの姿だったんだと頷く。そりゃあ、気付く訳だ。
「こんばんは、……えっと」
「竣っス!」
「ああ、そう、シュンくん」
「あ、えっと、あの竣って呼び捨てで呼んでください!」
「……」
「………っ」
「シュン?」
「!…はい!」
明るくなる表情は眩しい。キラキラしてる。何だか言葉に出来なくて、真っ赤な髪を撫でようと伸ばした手を、振り払われて落ちた。
「アッハッハー、シューン。良い子は大人しく寝ねえと身長伸びないってオジサン言ったろい?」
「うるせェ、死ね、消えろ」
「やだねィ、総長のオメェがコレに媚び諂ってんじゃねーよいっと!」
(―――…ああ、ああ、そうか、そうなのか)
オレンジ色の髪をゆらゆらと揺らしながら紅色を守る親犬のような眼差し。キラキラ、キラキラと降りかかるネオンに負けないそれに、何だか笑えてしまって。
後ろから彼を守るように交差された両腕は、確かに守る側の腕だ。
「ではでは、オニーサン?それともオジサン?俺のシュンから離れてさっさとお家に帰ってねィ」
「テメッ、兄貴にンな口利いてんじゃねーよ!死ね!!」
「死なぬ死なぬ、俺はお姫様のお出迎えアーンド、騎士だから死ねないんだよーい」
唇にだけ乗せられた笑顔。自分には到底出来ないそれが何だか羨ましい。
「明日は…月曜日だ」
目の前のやり取りを眺めながら呟いたって何も変わらない。手にしたスケッチブックとカメラ。どちらも家でも引きこもり気味な父親から奪った物だ。
「緋色は、シュンが大事なんだな…」
「……ヒイロ?って、緋色かい?」
「ああ、緋色…オレンジ、蜜柑色、少しだけ水を加えたような…」
「コレは染めんの大変なんよー、綺麗って言ってくれんのは嬉しいっちゃ嬉しいけどよい、オジサンね、アンタを微塵と認めてないの。去ね」
振り上げられたのはその長い脚で、遠ざけられたのは弱い生き物。遠くて、届かなくて、触れたくないからと一歩後ろへ下がって、
「美しい、生き物だ」
小さな親子の姿を重ねた。
ああ、世界が笑っている。いつも見ようとしなかった大嫌いな世界。居ない、居ない、あの子が居ない。笑う赤は紅と違う。自分の唯一、愛しい片割れ。
「ヤス」
囁きは、届いていないと願う。
(帰ろう、あの場所へ)
人はいつも誰かと居る。気付かれない内に群れを成し、独りぼっちの癖に擬似的な皮を被って群れた。己は独りぼっちの筈が無い。なのに目の前の二人が何だか羨ましくて、悔しくて、それでもやっぱりどうでもよくなった。
「兄貴ッ!この間、俺を見つけてくれたあの場所で!ずっと待ってますからっ」
誰かの声が脳を叩いている。野犬だろうかと首を傾げようとして伸ばした手で首裏を掻いた。ブツリと皮膚の裂ける感触。
―――ああ、もう、どうでもいい。
絵の題材探しは、収穫も無く終わった。