箱庭本編 | ナノ




 揚げ足取りのエキスパート


踏み出した先に数多の生徒。高等部だけでも大層な人数の視線が突き刺さり、辺りから聞こえる甲高くも無い悲鳴を一瞥。

女神が艶やかに微笑んだ。

「―――皆さん、着席なさい」

たった一言で騒然としていたフロアが静まり返る。生徒会会長と副会長の2トップのお出ましに、有り得ない光景に声になら無い声を上げたのは壇上の死神ただ一人。

「御崎、下がれ」
「…っ、はいっ、マスター」
「玖原、そなたもだ」
「イエス、マスター」

マイクを口許から手離したまま頭を下げた二人が壇上を去る。一般生徒達が入ってくる扉とはまた別の扉から広がるカーペット。深紅の薔薇にも似たそれを踏み締めたまま思い出すのは、僅か一瞬の悔しげな顔。

壇上に上がるには観客が少なすぎる。見当たらない黒い毛玉の塊を無意識に探して、舞台裏へ神と女神は消えていった。







「朔、朔、朔、朔」
「うん?どうかしたの、ひいちゃん」
「朔が居なかったんだ」
「…あーくんに呼ばれてビックリしちゃった。置いてきぼりにしてたみたい、ごめんね?」
「構わない。僕を置いていかなかったんだ、僕が置いていこうとした、から」
「え、そうなの?ひいちゃんに置いてかれるのは私も嫌だから気を付けるね」
「ああ、そうしよう、僕も気を付けるから」

「―――…二人共、そろそろ帰ってきて頂戴?」

落ちた声に一人は頬を赤らめ、もう一人は邪魔をするなと言いたげに睨みを利かせる。溜め息のままに目尻を下げ、居てはいけない人の姿に那由多は笑った。

「お帰りなさい、マスター」
「……マスターは『私』じゃあ無い」
「あら、ひいちゃんってばご主人様になっていたのね?きょーちゃんが言ってたの、『そーゆープレイだろ』って」
「アイツが言うプレイは違う、気にするな」
「アンタ達…無視してるとイイ加減怒るわよ?」

ピキピキと青筋が浮かんだ気がする。那由多の言葉にまたまた同じ反応を返した二人に、向かって右を指さした。見えるのは窓越しの、桜。

「講堂フロアは一階、勿論教職員専用フロアともなる此処も一階よ。窓から帰りなさい」
「……そうか」
「貴方が此処に居るのは既に聞いてるわ。理由は知らない―――と言うか、聞きたくも無いのよね、アタシ」
「…」
「今更帰ってくるなとは言わないわ、アタシは知ってるだけの人間よ?だから、何もしないわ…つか、巻き込んでくれるなよ、俺ァ、ンな面倒な喧嘩に興味なんざねーからよ」

ハンッ、と鼻で笑って立てた親指が自らの首を切る。開け放たれていた窓から届く風が、ただ一人の上に結い上げた髪を揺らしているものだから、思わず伸びた手だって責められる謂われすら無いのだ。

「ねえ、マスター…貴方は来るべき人じゃ無か、」
「那由多ちゃん」

ぺちん。

「那由多ちゃん、駄目だよ?」

優しく朗らかな声が場を支配する、いや、包み込んでいく。無表情のまま此方を凝視する男の右手を握り締めたまま、「駄目だからね?」再度呟いた言葉は妙に楽しげで。

「えっとね、那由多ちゃんはホスト健気受けなの、攻めに見えてそうじゃないのよ?王道に巻き込まれた平凡くんと恋に落ちるんだから!」
「…貴女も変わらないわね…」
「きょーちゃんが言った事は全部あってるのよ!那由多ちゃんは浮気攻めに見せかけての一途不憫攻めに彼女との仲を取り持たれたのは事実でしょう?」
「そうね、彼女はアタシの大事な人よ」

パシャリ。年代物のような古ぼけたカメラの厳ついフラッシュに目を細めながらも頷く。

「箱庭から抜け出したんだもの、貴方だって幸せにならないと!」

パチンと決められたウインクに、隣の男が本日二度目の床との挨拶を交わしていた。大理石の床にヒビが入った事には―――誰も気付かない。



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