箱庭本編 | ナノ




 ケアレスミスの痕が膿む


「服は何にしようかしら?あの子に写メで送らないとまた返事が来なくなっちゃうもの…」
「でしたらマスター、此方のお召し物は?」
「主、私は此方が良いかと」

わらわらわらわらと差し出されるスーツの数々。一般的な職員室と全く違う教員スペースで燕尾服の男達に囲まれた那由多は、眉間に皺を寄せたままだ。

「そうねえ…普通の聖職者の格好でないといけないから…コレにしておきましょうね!」
「「「はい、那由多様」」」
「貴方の選ぶ物も悪くなかったけれど、リボンタイって何だか似合わない気がするのよ〜…」

顎に指を添えたまま小さく謝罪した那由多に、従者達は同じタイミングで左右に頭を振って答える。「あら、気にするなって?有難うね」と彼等の意思を汲み取った那由多は、教師らしいと着ていた白衣を脱ぎ捨てて着替える事に専念しようとして―――

「何で此処に来たのよ、アンタ」
「すみません、間も無く式典が始まるので迎えるようにと」
「アンタも一生徒でしょうに…大変ね?」
「いいえ、先生。僕は僕の役割を果たすまで。星座占いで三位の僕に死角なぞありません」
「ああ、そう。なら直ぐに向かうから、アンタも行きなさい……旭川くん」
「サボ子も連れていくんですか…バカですか」

教員の机に広がるサボテンを指さされ、相手の視界から幾つかのそれを消す。犯人は自分以外に居ないのだけれど。

「―――失礼する」

呆れた眼差しと同時に銀縁のフレームを持ち上げた旭川琉生は、背後から聞こえた声に硬直せざるを得なかったのだろう。シンと静まる職員室にしては広すぎるこの場所で、記憶には無い声に、目の前の那由多は瞳を輝かせるばかりだった。

「……旭川琉生くん、直ぐに講堂フロアに向かいなさい。アタシは少しお話してから行くわ」
「はい、お客様もごゆっくり」
「ああ」

たった一言。無関心としか感じさせない声色が酷く恐ろしくて、足早に扉を開く。その先には、さめざめとした様子で涙を流す新人寮長が居た事を知るのも、琉生だけなのだろう。

「……早乙女薊寮長、何をなされて…」
「ああ、申し訳ありません。旭川様ではありませんか、この度はおめでとうございます」
「話が回るのは早いですね、この学園だからでしょうが」

ふむ、と、頷いて、着流しの男を見つめるが、目尻の涙を拭うだけで何もアクションを起こさないなら用も無い。さっさとこの場を立ち去って向かうべき場所へ向かおうと歩を進めようと歩き出した。

肩から腰に向かって掛けたカバンに入った宝物に触れたくなったのは何故だろう。四月なら春の夫婦星なんて見れた筈だと溜め息を溢しながらも、長くて白い廊下を踏み締めた。

(―――……例えば)

窓に広がるのは憎い程に晴れやかな空と、淡い桃色を照らす太陽で、ああ、あの日の下に敬愛する神様が黒髪を揺らして現れたら何て幸せなんだろう…と。

(きっと有り得なくても)

この学園の理事長の息子で、学園の神様で、TRONOの総長なんて枠に収まる人。無意識に人を支配して、無意識に人の枠から外れるその人はきっといつまでも現れやしない。

それは、あの男達が居なくなった二年前から、変わらず。

(きっと女神が傍に居るだろうけど)

「今は人として生きて下さいね…どうか」

小さな囁きは祈りに変わり、自身の髪色を羨ましいと吐き出した幼い神様を思い出した。

「バルバーニーの生き残りに喰われないようにお守り致します」

犬が喰らうのは主人の喉だろうか。噛み千切ってトドメを刺して、巣に持ち帰って閉じ込めてしまうのかもしれない。小さな檻に閉じ込められた子供の笑顔も、泣き顔も記憶から消えている癖に、あの人を思い出そうと掘り返せばいつもいつも、子供ばかりが。

『笑え、ルイ』

tear…涙の意味で呼ばれた名にどうにか笑い返したのに、子供はいつも此方にだけ要求する。地を這う虫ケラにしかなれない己を救ってくれたのは。

『マスター、僕の名前はtearではありませんよ』
『泣いてばかりのそなたにはtearが合っていると、仰られていた』
『……そう、ですか』
『ああ』

思い出せない事の憤りすらどうでも良くて、吐き出した言葉は容姿に似合わないと誰かは言う。



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