懐かしめる存在であり続けること
偽物の訳が無かった。ならどうして?『言葉通り』なのだろうか。要らないから要らないと吐き出す彼と同じように、足元にすら置いてもらえないと言う事なのか。
分からなくて、狂ってしまいそうだ。
『トーヤ、膝乗って乗って!』
『う、わっ!ソーレ、ビックリするじゃん!』
『んふふー、トーヤはイイ子!俺の大事な子!』
甘い声だった筈なのに。今思い返せば、どうにも愉しげに震えている声だった気がした。フードで隠して口許しか見えないのに、ケラケラと笑う姿と見えた銀色が全てでしかなかった。
『ヤス、来い』
―――それでも、奴には負けてしまうのだろう。
分かっていた。分かろうとしていた。彼の一番は彼であり、彼の一番も彼だろうと。割り込めないのならそれで良かった。ほんの一瞬、此方を見つめる時間を与えてくれるなら、と。
でも、
『トーヤもおいで』
ほんのり柔らかく与えられたそれは、自身ですら溺れてしまう。
『ソーレもルーナも勝手だよ…っ!』
『それは悪い事をしたな』
『あっは、ごめんごめん〜!』
金色を撫でる手は恐ろしい程に白い。冷たくて、まるで生すら忘れた存在に全てを奪われる瞬間が酷く恐ろしかったのを覚えてる。
そして脳裏で、アレが、冷たく言葉を落とした。
『―――…ああ、お前みたいな人だったら、捨てられるのも当たり前かあ』
優しいあの人はそんな言葉を吐き出したりなんかしない。いつだって優しく、甘く、己を撫でていた。笑ってくれた。
そうか、アレは偽物だ。
「新入生をソーレと間違えるとか…末期か、俺も」
分かりきった事だと、痛む頭を擦りながら起き上がる。側に置いていたミルクティーは、思い出の彼が好んだ安い物だ。それを飲み干して、立ち上がった。
「忘れよう。あいつは違う、他人、そう、他人、なんだよ」
声が似てても、覗く犬歯が有ろうと、揶揄めいた笑みを浮かべていようと。それは透夜が言う限り偽物でしかない。胸糞が悪い。苛々する。
腹が立ってしょうがないのだ。
「……椚が、来るんだっけか」
先程まで回線を繋いで会話をしていた男を思い出す。確か、副会長の腹黒が気紛れにか故意的にか分からずに作った噴水の、場所に居た。
(ああ、訳が分からない)
それで何やら泣いて喚いていたような、そんな気もして。王室を抜け出そうと手に届く範囲にあったシャツを身に纏った。
(酷く、頭が痛いだけで)
波打つようなシーツを横目に、抜け出す先に、嫌悪する日常だけが網膜を焼くのだから。
(たすけて、だいすきなひと)
◆
「怒り姫はいつもいつも、五月蝿いですね」
「その呼び方、怒られる」
「そうでしょうね、わざとですけど」
講堂フロアにて。未だ着席をしていない生徒の一部としては目立つ二人。壇上にて柔らかな布を揺らす美少女(と言う事にしよう)を眺めながらも会話は続く。
真ん中に敷かれたレッドカーペットすら既に見慣れていて、離れた席から聞こえるざわめきに目を瞑った。
「周り、うるさい」
「ですね」
「蹴散らす」
「やめなさい」
「うぎゅっ」
ピンと弾かれた額を押さえる。容姿にそぐわない血の気の多さには毎度困ってしまうのだ。宥め役に任命されるのも近しいかもしれない。
「陽炎、あんたはそろそろ大人しく出来ませんか」
「無理」
「ああ、そうですか。残念ですね。あら不思議、俺の傍らにこーんなにも夥しい量のカルピスが!!」
「……カルピス、牛の小便…」
「それはアメリカですよ」
「神王院は、関係無い」
「……まあ、そうですけど」
日本の法律にすら囚われないこの学園ならではなのだろう。残念だと言いたげにいそいそとカルピスを周りのチワワに配っていく九条。「鬼灯様から頂いちゃった!」と騒ぐチワワ。まあ、どうでもいい。
「外園くん、見つけたわよ!」
聞こえた声に固まる九条。大人しく振り返るのは呼ばれた陽炎のみだが、「書記の挨拶もして頂戴ね?」と見せられた微笑みにただ首肯した。
「あ、小鳥遊くんも仕事してくれたのか、また確かめておかないとだわ…あー、やだやだ!アタシだって彼女とメールしたいの!分かるわよね!?」
「………」
「…はあ」
自身の担任を無視する陽炎に慣れたのか、九条は適当に相槌をする。ぷりぷりと怒りを露わにする彼は見慣れているのだ。
―――でも今はただ、
『もう暫くしたら始まるから、ちゃーんと着替える事!ハルとの約束だから!』
怒らせてはいけない、大嫌いなチームの人間の話に耳を傾けなければ、と。壇上から感じる視線は、きっとそう言う事なのだ。