箱庭本編 | ナノ




 探したってどこにもない、それ


「式典なんてあるんですね」
「まあ、そうですけど」
「着替えるんですか」
「……まあ」
「…………」

カタンカタンと階段を一つ一つ上がりながらの返答。彼にしては堪えてるつもりだろうが、後ろから伝わる如何にも『面倒です』オーラが苛立ちを募らせる。

「天照、行きますか?」
「いや、…直に式典だからこのままで」

その言葉に首を傾げ、後ろを振り返るが眼鏡を反射させた顔があるだけ。当の本人は食べた食べたと言わんばかりに、シャツの上から腹部を撫でていた。

黒いブレザーは彼が纏うに相応しいのだろうか。全身を黒で纏うから、纏わせているから彼はいつだって『オニキス』から逃げられない。

そんな事も、分かっていたのに。

見据えた前は、山奥にある校舎を桜色に染めるかのように太陽の光で乱反射。眩しいと思うのに目を逸らせない。否、逸らさなかった。

「先輩、俺は会長になるんです。だから構わないで下さいね。―――ずっと」
「…アンタはいつもそうだな」
「初対面ですよ、今日が」
「まあ、実年齢より最低五つ増しで考えてたんで」
「……噛み合わん」
「だろうな」

此方は心臓が今にも踊り出しそうなぐらいなのに、気付かないアンタが悪ィ。それだけを飲み込んで、いつの間にか十九階。

「つーかまえたァ」

甘ったるい笑顔の男に、竣は脊髄反射ばりに飛び掛かった。

「何やってやがる、コトリッ!!」
「あ、シュンさ、……っ!?」

パァッと輝いた顔が、驚愕に染まる瞬間を見たのは美樹だけだろう。華麗に背負い投げを決めた本人と、飛んできたそれを間一髪で避けた友人に駆け寄れば一目瞭然。

「代行人に続き、今度は会計様かよ…」

半泣きの八尋が踞っていた。

「いったァい!シュンさん酷いじゃ〜ん!祭くん泣いちゃうよォ?」
「泣け、埋まれ、兎にも角にも闇討ち禁止だろーがウチは!!」
「闇討ちじゃないです〜!祭くんは頼まれた仕事をしにくる優しい優しい会計様なんだからァ!」

キャンキャン喚いているのは途轍もなく懐かしさを感じさせる犬で、先程まで食事を共にしていた犬が狼に変貌するのを気にも止めない。残念ながら、美樹は二人しか見ていなかった。

「ヤ、……康貴、大丈夫?」
「おー、ビビった!マジでビビったし笑えたッ!!」
「俺は首を絞められるのかと思いましたけどー?」

キランと反射させた眼鏡同士が向かい合う。それに挟まれた腐男子はどうするべきかと、紅の君に首輪を掴まれた男を見た。

「オラ、謝れ」
「……祭くんが?何でですかァ?」
「奇襲、闇討ち、夜這いは御法度だ」
「夜這いはァ、そーちょーにしかしませーん!」
「分かってら、ンなの。取り敢えず謝れ、死ぬぞ。後、あの人にした暁には俺がコロス」
「サーセン!!」

ガバッと下げた頭。両手で抱えていたらしいファイルが宙を舞う。何だ何だと視線が集まらないのは立ち入り禁止区域だからである。誰も居なくて良かったと八尋は息を吐いた。

「康貴にはこれ、八尋には本」

無関心すぎるこの男だからこその言葉なのだろうとしか、八尋は思わなかったのである。これを個性と片付けるには、些か優しすぎるが。

「あ、シンちゃんから貰った奴?


……………あァ?」

ドスの利いた声を聞いた気がした。残念ながら幻聴では無かったらしい。苛々とした様子を惜し気も無く晒し、眼鏡の奥の瞳が少しだけ自分を見たような気もした。

気の所為だろうか、気の所為であればいい。

「挨拶、考えないとだ」
「……ああ」

何枚にも重なった書類とにらめっこ。その先に見ている景色は分からないけれど、少しだけ、遠いなあと思ったのも事実だ。

「……謝ってあげてるのにィ、無視するんだァ?」
「ひっ」
「もう一回、背負い投げしてあげましょうか、会計様?」
「祭くんが二度も同じ失態を起こすとでもォ?……シュンさん、コイツらヤって構わないですよねェ?」

何かが切れる音が聞こえたような気もする。何だろうと首を傾げて瞬き一瞬。八尋の目の前にはにんまりと笑う猫が居た。

「ヒロやん、行こうぜ〜い!」
「式典に間に合うかが問題だな」
「え、あ、それならこっちのエレベーターを使えば…」
「「おお」」

地に伏せた状態の犬に止めを刺すかのように足が落ちる。「ぐえッ」と 似つかわしくない声だったが、気にしない方が身の為なのだ。

合掌したまま、八尋は背中を向けた。


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