箱庭本編 | ナノ




 ただきみにあいたかったらしい


背中を焼きつけるように見つめて、深呼吸。繰り返してから、目尻の何かを拭う。

「あー、おもしろっ!」

興味対象に付属品。二年前に一度だけ与えられたお菓子のオマケに良く似ているような気がする。既に正装姿になっていたお陰で遅刻はせずに済みそうだと律儀に倒れたままのベンチを起こした。

綺麗でも汚くも無い噴水の水を掬って、意味すら見出だせないままに口に含む。ゴクリと飲み干して、誰も居ない中央校舎屋上庭園を見渡したと思えば、

「やっぱり生意気さあ」

笑ってた、気がする。泣きながら何処かを見つめていた黒い瞳は少しだけ茶色が混ざっていた、気がするのだ。

思い出すのも面倒で、その中性的な美貌に微笑みを乗せた男は電子生徒手帳を手にして呟く。

「中央取締役会、椚迅太様から称号アレスに伝言するぜよ」
『椚迅太様、確認しました。…回線接続完了』
「アレス様ァ、聞こえちょる?……やっぱし、ただの役員のは反応がちょっと遅いっちゃね。……んーと、今日はめちゃんこ気分じゃ無か。ウチは王室で寝るけえ、シクヨロさんっ!」
『伝言録音送信完了致し――――ふっ、ざけんじゃねェよこの淫乱バカがッ!!』
「ぐふ、アレス様ってばマジ怖いなりー。ウチは恐怖のあまりに失禁しちゃいそーよ、ペッシの噴水に」
『止めろ、それだけは止めてくれ』

ペタペタと濡れた手で電子生徒手帳を持ったままエレベーターに乗り込めば、手帳から聞こえてきた声はエレベーターに内蔵されたスピーカーから発された。

「ウチィ、ちょこっとばかし気分が悪いんじゃよ。だからね、寝たいよー、寝かせろ〜、王室を明け渡せやコラァ」
『生意気過ぎんだよ、テメェは』
「くすんくすん、ウチは悲しいですっ!ヘーラーやゼウスよりもアレス様ラブだから頑張ってるのにっ!」
『気持ち悪ィ』
「………それにしても、声が眠たげだっちゃ。ソーレに会った時と一緒ぜよ」
『っ、そうだ!ヤ、…ソーレを捜さねえと!』
「落ち着きんさい。ソーレは二年前に引退したっぺ、ルーナと」

ずるずると。

背中を四角い箱の端に預けて、

「押し倒したかったな」

誰を、とは言わずに、いつの間にか切れていた回線を気にした様子を見せずに呟く。

「押し倒したかったな」

と、同じ呟きを落として、溜め息。隣で微かな物音を耳にして、ああ確かエレベーターがもう一台あったのだと納得する。

でも。
ああ、そうだった。

「ああ、やからバカらしいって言わはったんに。どなたはんも聞きやせん。ウチを信じるんはウチやけかいな。なんて戯言。反吐が出るわあ」

クスクスと笑いながら立ち上がり、

「お月様、お前さんはまだ見つからんけんね」

ホロリと涙を一滴。

アストルのワンコがテンパったら異国語を話す道理同様に、彼は多県多地方の方言を撒き散らすようだ。

「愚者も死神も女神も神様も、こぎゃん狭い世界に閉じ籠っち、ケツには一家心中ばってんしゅるんかいな。有り得なくもなかねい?」

銀光は銀光帝と呼ばれていた。
黒帝は黒皇帝と呼ばれていた。

アルジェント・チェーザレ。
銀色の皇帝。

ネーロ・チェーザレ。
黒色の皇帝。

イタリア語で名付けられたのは、色を持つ支配者の名前だった。銀糸を持つ二番手と、金色を持ちながらも全てを黒に変えてしまう一番手。長々しい呼び名だと呟き、厨二臭いと笑った顔がある。

『『それ、却下で』』

ただでさえ、月と太陽マーベラス!と並べ立てたくなるぐらいの呼び名を不良達からプレゼントされていたのだ。最早同情の余地に非ず。

『黒、ネーロ。皇帝、チェーザレ。カイザー、若しくはシーザー。エンペラー』
『銀、アルジェント。皇帝、チェーザレ。カイザー、若しくはシーザー。エンペラー』
『シヴァのように壊してしまうのなら、最早創造神には遠く及ばない』
『銀を靡かせての殲滅活動。ただ彼の敵は抹消と認めたから』
『俺をシーザーと呼ぶか?』
『俺をカイザーと呼ぶの?』


『『―――俺達はデウス・エクス・マキナにはならないさ』』

時には日本語で、時には異国語の交えた会話をどうにか聞き取った自分にはどうも自棄に耳に残っている。

「…いやあ、いかんいかん。変なこつ思い出してしもた」

『月が支配者となるのなら、闇の皇帝のようだと思うよねえ』
『陽が支配者となるのなら、光の皇帝のようだと思うだろう』

銀光帝は光を表すルーチェへと。
黒皇帝は神を表すデウスへと。

『ネーロデウス。黒い神』
『ルーチェ。銀色の光』

似合わないねと笑った赤眼が、いつか此方を見ていたような気がした。

「デウスはラテン語、だっちゅーに」

開いたエレベーターから降りて、歩き出す。「サボるのは一旦中止」と呟いて。




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