うざやかに一笑
さて、貴女はいつから惹かれていたのでしょう。
二人の王子様に守られて、二人の騎士を携え、二人の庶民に興味を持ったその瞬間、
『お兄様、私は彼と結ばれますわ』
純血主義の一族は、一人の娘の手によってその名を知らしめてしまうのでしょう。
『セシリア=コールドウェルは、一族の者では無くこの方と』
不確かな血へと変わり果て、少しずつ少しずつその姿を消してしまいました。
『マイダーリン、私には貴方だけよ』
『マイレディ、僕にも君だけさ』
愛し愛されのその行方は、果たして幸せだったのかは、
『『あいしてる』』
『生き残った』その一族の顛末を知る者だけが知る密約でしょう。
◆
「さて、『神尊慎』として挨拶をする用意をせねばな」
「毎年思いますが、やはりこのコートのような正装は些か照れが生じますね」
黒のロングコートのような制服に唐金の仮面。左耳上を交差するように留まっていたピンをその髪と共に抜いた男は、くるりと回って笑った。
「神帝は今年も現れずに終わりますか?」
「そうだな。今年もだ」
赤い薔薇を生けた花瓶に意味も無く触れて、振り返る。似た形状の白い制服。白い手袋に握り締めた白亜の仮面を机上に置いた。それは、『神帝』の証。
「さあ、参りましょう。生徒会長」
「ああ、参ろうか。副会長」
別に、何だって良かった。
「今回、君子としての挨拶及び風紀取締役会の代表挨拶は会長であり天空の君である彼で、本当に宜しいので?」
「許可はしただろう」
「最終確認をしたまでです、我が君」
「康貴の、笹塚康貴の副会長挨拶も含めだ」
「イエス。そうでしたね。あらあら、うっかりさんでした」
中世ヨーロッパのような学園内に、様々な機能を取りつけた。モニターも、回線も、エレベーターも、温室も、沢山沢山沢山沢山沢山沢山沢山沢山沢山沢山沢山沢山沢山増やした。
「一つの執務室からから隣の王室までが長いですねえ、此処は」
「Sクラスに何かがあるといけないと言ったのはお前だろう」
「そうですとも。彼等は私にとって懲罰対象であり、保護対象の愚図共ですから」
全てお前に与えるからと同じ容姿を持った父が、
『……ころしてやる』
銀灰と紫紺の瞳の奥に別の誰かを見つめて呟いていたのだ。
(それが初めて見た)
(『人間』としての)
『この俺の手で、全て』
(その人の感情だった)
『根絶やしにしてやる』
―――…それを目にしたのは、たった一度限り。思い出そうとすればする程に、大部分に靄が掛かっているような気がするのだ。
「そなたは自由の身でありながら、私の傍に在るのか」
「愛、つまりラブです。…故に」
「愛を語るか。嫉妬のみをその胸に抱き、生きた心地の無い道を歩んだその身で」
「故に、愛は憎しみ、愛憎へとチェンジされていくのです」
「憎いのか、私が」
指紋認証、ID認証で開かれたエレベーターに乗り込んで問う。目的地へ口頭で命令した要は、そんな慎に向かって「まさか!」と笑みを浮かべた。
「私がお仕えするのは未来永劫、貴方様のみ。貴方様が目に映すものや記憶に刻むもの、その心に残す二人に嫉妬を抱くだけでしょうに」
扉が閉まる直前。目の前を駆け抜けた二つの黒に刮目し、
「シンちゃん…?」
呼ばれた声に神経が研ぎ澄まされ、
「また、増えてしまいましたね」
伸ばした手は宛も無く落ちた。