箱庭本編 | ナノ




 神様は喜劇がお好き


「ご馳走さまでした」

パチンと丁寧に両の手を合わせた美樹は、ウェイター達に片付けられていく皿の山を一瞥して立ち上がる。

「そ、………越前?」

煌びやかな食堂で啖呵を切った犬など放置らしい。チラチラと食器と美樹を見比べて最後、紅い犬は同じように立ち上がった。

「先輩、お願いがあるんです」
「…」
「君名持ちもとい、君子について教えて頂けますか?」

無理矢理上げた口角が途轍もない悲鳴を上げてはいるが、当の本人は瞳を映さない眼鏡のブリッジに触れてから竣の手を取った。

「後、風紀取締役会について、」
『代行人の解任は会長直々に接触した後に、決まるのだ』
「代行人をしているらしい貴方に、お聞きします」
『美樹、お前は誰を解任させるのだろうな』
「一部では無く、全てを」
『俺が会長なら、全てを』

そのまま出口に向かって歩き始めれば、動揺しっぱなしの竣が美樹を見下ろしたまま。柔らかな話し方をする人に疑問を抱いたまま、ひたすらに。

「風紀取締役会は中央取締役会の対です」
「ほう」
「………『中央取締役会』は学園を支配する組織で、高等部通常業務としては『生徒会執行部』に名を変えます。それで、副会長と残り二人がメンバーになってるらしいっスよ」
「三人しか居ないのか?」
「称号所持者、若しくは君名持ちじゃねえと成り立ちませんから。……それで、中央取締役会トップは、神帝であり称号ゼウスであるTRONOの頭です」
「だからジンテイ、デイユカイザーか?ふざけた奴だ」

瞬間、冷えた空気に肩が跳ねる。

「じ、神帝はまず、顔を出しません。そこかしこのモニターをジャックして映像のみを扱うので、中央取締役会以外顔を知らないんス。分かるのは、姓がこの学園名っつー事っスね」
「―――理事長の息子、か。神様は」

神王院、と呟いて眉を顰めた美樹は、少しばかり痛む頭をそのままに、溜め息を堪えるように左手で口許を覆った。いち早くそれに気付いた竣が待ての状態で美樹の顔を恐る恐る覗き込む。

覗き込んだ先には、眼鏡を外した貌が竣を見据えた。そして告げるのだ。当たり前のように、慣れたように、目尻だけで笑みを浮かべて、優しく、

「シュン、ヤスと八尋を探してくれ」

細めた双眸を廊下の窓へと向け、何でも無いように言われた言葉に逆らうつもりなんて起こらない。
(寧ろ従いたい、と)

「神帝へのご挨拶を考えないと、だろ?」

獰猛な色に、喰われたような気がしたのだ。

『代行人、紅の君。声紋認証を行います。合言葉を』
「月は宵闇に消え、太陽は黄昏に沈む」
『イエス。認証完了致しました。お捜しの生徒名をお願いします』
「笹塚康貴、黛八尋だ。さっさとしやがれ」
『イエス。光明の君と黛八尋の現在地を表示しました』

現在地は、中央校舎十九階。初等部から大学部までの生徒会役員のみが出歩ける場所。思わず「何で、」と呟いた唇はまるでこれ以上語るなと言いたげに閉じられた。

「―――…十九階。…上か」
「でも、一般生徒は立ち入り禁止区域っスよ!?もし俺以外の代行人に見つかって懲罰室行きになったりでもしたら…!」
「ヤスに渡さなければいけないものがある。それに、八尋には本を返さなきゃ駄目なんだ」

友達が恋しくなってきたのだと吐き出した唇は、見下ろしたままの竣を気にした様子も見せずに上がっていく。それは自然で、とても柔らかな表情だった。

能面では無い。ただの少年の柔らかな横顔が、一年の付き合いがあった己に向けられる事が無いのだと気付かされてしまった瞬間、

「―――式典まで時間が迫っている。…急ぎましょう、先輩」

オニキスを隠して振り返った男に首肯した。

「俺が捕まえてやるよ、神帝サマ」







「あ、式典もう直ぐですぜ、姐さん(゜゜;)」
「知ってるっつーの!あんたうっさいよ!」
「いやいやいや(^^;)姐さんが『仕事』しないからっしょ( ノД`)…」
「はあ?ハルにそれ言うの?」

白いブレザーに金色のライン。黒いシャツに白いネクタイ。ブレザーに巻かれた腰回りのベルトをそのまま、外して左右にぶら下げて笑う。

式典用の正装は普段の黒いブレザーとは真逆のそれだ。神の御前には白と金に彩られた見目麗しい生贄を差し出すのが道理なのだ。

『人間の王達を見つけ次第、この俺に差し出せ』
『月を空に、太陽を空に還せ』
『我が手中に、その者達を』

『―――余す事無く全て』


スクリーンに映った男の双眸は宝石を埋め込んだような紫紺色。漆黒の髪を揺らし、差し出せと再度囁いたのは感情を持たなさそうな神の声。白銀を隠したのだろう。数少ない人間しか知らないその姿に、畏怖を抱いたのは一体。

『制限を与える事などしない。故に、必ずその姿を、我が眼前に』

支配してしまうのだ。

鼓動も、
脈動も、
呼吸も、


――――感情すら全てを。


「黒帝が負けるのか、神帝が負けるのか…見物だよね。オレはどうでもいいけどー\(^o^)/」
「アストルに入りたかったんだっけ、あんた」
「いやー( ノД`)…あの頃の話はしちゃ、めっ、だよ(。>д<)」
「はんっ、あんたみたいなバカにはお似合いかもね!」

二年前、だろうか。お姉ちゃんだと思っていたお兄ちゃんの手を引いて街中を歩いていた真夜中。理由なんて、ただ病弱だった彼に街を見せてあげたいと言う単純過ぎる理由だったような気がする。

そこで出逢ったのは、派手な髪を緩く後ろで縛った優等生姿の男だった。

『お嬢さん達は迷子なのか?』

手にしていたペンらしきものをパンツのポケットに入れて立ち上がった大きな大人。目線を合わせる為に膝を折って見上げるように此方を見た男は、ただ無表情に言葉を続けるのだ。

『月の見えない夜に散歩は頂けない。お前ならどうにか出来るだろう』
『無茶ぶりじゃね?酷くね?』
『迷子センターなんてこの地区には無い。家に連れて行くか?』
『あー、それイイかも!ね、ね!君のお名前はなーに?』
『………ツヅリ、こっちはハル』
『つーちゃんにハルちゃんね!俺は、ヤスって言うんだ、宜しく』
『ヤス、お前…』

金色の後ろから現れた銀色は、まるでこの闇夜の中を照らすように現れた。キラリと光るルビーのような赤い色。覗き込まれて、息が止まって、


(それから)


『俺の父ちゃんは医者だから、ハルちゃんの身体も見てもらおうね』

掴まれた右手に縋るように触れて、隣で汚ならしく涙を流す腐れ縁の子供は、

『不安だったな。ゆっくりおやすみ』

自分と同じようにその手に縋りついていた事は今でも鮮明に覚えている。

「ヨシもヤスも、無事で居たらいいんだよ。オレは、それだけで充分だから」

黒帝も神帝も、どうでもいい。個である彼等が生きているならそれで。






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