箱庭本編 | ナノ




 夜明けに溺れる月のように


共学で良かったと思う。だって、自分は従兄弟のように優れた人間では無いし、強い人間でも無く、壊れてもいない。

『いやだいやだなんでいないの、あにき、』

愛犬に襲い掛かられながらも脳裏に浮かぶ泣き顔。中学二年生に上がったばかりの自分には何が何だか分からなくて、涙を流す男達の荒れようにただ恐ろしく感じていた。

『あすか、なんで、いねーんだよ、』
『さかまき、ねえ、なんで?』

パリンと割れたガラスはそのままで、バーテンダーさえ顔面蒼白だと言っても過言では無かったのは今でも覚えている。縋るものは彼等の皇帝の血縁者である俺だけで、泣き喚く姿は見ていて恐怖しか抱かなかった。

『何で抜けたんだよ』
『うーん、飽きたから?』
『受験する為の勉強時間が無いから』
『そんな建前じゃ無くて!!』
『家の関係、かなあ。なんちゃって!』
『……飛鳥、そこの公式は違うぞ』

従兄弟は血縁者には酷く優しいのだ。まるで世界を抱えるかのように包まれていくその声に、思い出したのは彼の父親である人。

『―――響希さんは?何か言ってた?』
『おっちゃんは知らないもん』
『俺が知ってるのは母さんから聞いた事だけだからな』
『シゲさんも?』
『父ちゃんは養父だから何も知らねえよー。クソ女に子供が居たってバレたら強制連行されちまうのは確実じゃね?』
『それは、……俺もか』

与えられた和室でコソコソと秘密会議をしている中、話を逸らされたと気付いたのは康貴の家に泊まった後だった。

『あいたい、そうちょーにあいたいんです…』
『飛鳥、俺は思うんだ』
『しごとがんばったなってほめてほしかったのに…!』
『あいつらはきっと、』
『やだ、そーちょー、ねえってば、』

『俺が居なくても、充分幸せだと』


(それは思い違いだと)
(言えば何かが変わっただろうか?)
(俺は今でも解らない)

(美樹が彼等を見る目は)
(ずっと優しいのに)


「やっぱり分からないよなあ。な、タマ」
「わふっ」

犬にタマと名付けた従兄弟を思い出しながら、目を閉じた。








『To:俺の元愛犬達へ
 Subject:今日はあの日だ

二年前、俺がお前達と出会ったのが今日だ。

きっとお前達は俺を忘れているだろうから、このメールを見て気分を害してしまったのなら詫びよう。

ただ、自由になって成長したお前達を見たかった思いだってある。きっと、これが後悔なのかと思うが、そんな感情は邪魔なだけだろう?


だから、俺はこう言おう。

お前達が知る月は天へ上った。また会う時、俺はただの人でありたいと願う。


……ゆっくりおやすみ。』


ぼろりと大玉がひとつ、ふたつ。溢れて宝石のような雫が消えていく。チカチカと光っていた色が消えて、流れた曲は彼だけの音。

(そうだ、今日は)

彼と出会った奇跡の日。







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