箱庭本編 | ナノ




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閉じられた扉を見送り、備え付けられたソファに腰を据える。それと同時に差し出された紅茶を受け取れば、ニコリと微笑む学園の女神。

「会長、何かありましたか?」
「何かとは具体的に言って貰わねば些か答えに困ってしまう」
「失礼。我が君が少しばかりあの方達以外に興味を示した事が計算外だったので、要は少しばかり嫉妬を覚えました」
「ふむ、嫉妬か。そなたの得意分野だな」
「ええ、ええ、そうですとも!私が嫉妬をする生き物である事は我が君もご存知でしょうに!」

艶を含んだ息を吐きながらも訴える姿は、彼の親衛隊が見たら卒倒ものだろう。辺りに花を散らすようなその伏せた瞳を覆う長い睫毛がパサリと揺れては、再度男は己の身を抱くように腕を回した。

「そんな私を抱きますか?犯しちゃいますか?」
「俗物が行う行為をそなたは好まないだろう」
「はい、大正解です。我が君にはご褒美として春休み中の課題をもう一塊差し上げちゃいます」
「……感謝を述べるべきか?」
「『要、愛してる』と言えば万事解決ですね」

慣れたように話し続ける要に同じく言葉を返し続ける。然し、その会話は開かれた扉から来た男に遮られてしまった。

「―――代理、宜しいですか?」
「あら、早乙女さんではありませんか」
「庶務の方が来なかったので、連れてきましたよ」

右手に二人分の襟を掴み、左手は脇に抱えるように筋肉質である事が見て取れる男を持っている。「離しやがれ!畜生!」「痛いんだっつの!」「ちょっと〜、やめてよ寮長さあん!」一斉に話し出した男達を投げては笑った。

「代理、宜しくお願い致します」
「代理なんてそんな!私の事は是非とも要ちゃんと呼んではどうでしょう?」
「お断り致します。斑鳩の坊ちゃんにそのようなあだ名なんて、」

「…早乙女の次男か」

耳にした声に、膝を着く。見上げれば四つの目は全く違う色を持していた。幾つも離れた子供に膝を着かなければいけないのは、悲しきかな。早乙女家の運命にも似たものである。

「銀灰の君、」
「君名で呼ばなくとも良い。今は公の場でも無い」
「……申し訳ありません」

深く、深く頭を垂れた。その白く長い指が触れた髪は、嫌悪に染まる事を教えずに揺れる。絶対なる存在に恐れているのかと己を叱咤し、自身が仕えるべき人を思い出した。

―――伸ばされていた筈の白銀を見失い、適度に切り落とされたこの人を薊は知らない。黒に隠された色を、見ようとも思わなかったのだ。

『何故、隠すのですか?』
『唐突だな』
『いえ、アストルの彼等も気付いているでしょうに』
『そうか』
『はい』

意味も無く黒を纏った訳では無かった。ただ、『黒が似合う』と自身の長い白銀に触れた男が居たからと言う理由に過ぎない。金色の髪を靡かせて、オニキスがゆっくりと姿を隠す。閉じられた瞳が開いた時には、既に背中を向けていた。

思い描いた月は、優しくその目を向けるのだから。

『―――見てみろ、月が喜んでいる』
『月って喜ぶんすか?』
『総長が言ってんだから、そうじゃないんですかァ?』
『副長みたいな太陽も昼間ならポカポカしてんちゃいます?』
『紫外線がオジサンには苦手だったり〜』
『あんた女ですか』
『あ、ふくちょー、来た』
『遅れてごめんよ、ダーリン!』

聴こえた声をそのままに、歩いて歩いて遠ざける。楽しそうに笑う姿を見ない限り、何も起こらないだろうと高を括った。

『良い月だなァ』

滲ませた喜色に気付いたのは、周りに侍る犬だけだろうと。

「我が君、どうか致しましたか?」

女神の声を微かに受け取っては、思い出した。





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