箱庭本編 | ナノ




 ペシミストポリシー


苛めの主犯とそのターゲットと言うべきだろうか。可愛らしい顔をして、やる事全ては本能がままに行動をする。迷惑極まりなかったし、だからこそ不良は嫌いだった。

『ねえ、何で泣かんの?』

引きちぎられた服を見て、地に落ちたボタンを眺める。呼び出しに応じても殴られ、応じ無くても殴られた。―――どうやら、庶民が珍しいらしい。容姿や家柄を第一に基準とする学園ならではだと思う。

泣く?泣くとはなんだろう。涙袋から生成される塩水を流せばこの地獄が終わるのだろうか。抵抗もしない。暴れもしない。ただひたすら早く終われと念じる今の、何が悪いと言うのだろう。
(泣いたら、助けてくれるの?)

『たかがちょっとした企業で成功して、成績が良かったから入学。……可哀想さね、お前さんは』
『……』
『親の道具でも無さそうだけど、どう?この学園は』

異常だと、小さく動かした口からは微かな息しか吐けない。リボンタイを緩めた目の前の男は、その様子をただ見つめるだけ。意味なんてそこには無かった。

濡れたままの髪。同じ黒なのに全く違うその柔らかさは何処から来たものなのか。震える姿と相反して、ハイライトを失った目が男を見上げる。ゆっくりと開いて、閉じられたその二文字に、何故だか泣きたくなるぐらいに締めつけられた心臓なんて、

『―――しね』

気付きたくもなかった。







だから、だからと抱き寄せられるがままに埋めた肩から香る匂いに酔いたくなった。抱いた恐怖をそのままに縋りつくのは、未だに学園を理解していない友人の腕。クシャリと撫でられた頭に目を見開き、見上げた先に存在したその色が深紅を現していた。

「ヒロやんがグスングスンしてるから、帰る場所にお帰り?」
「うーん、ヤヒロンはウチのオモチャじゃけ。無理かな!」
「あは、死んでこいよ、淫乱!」

固く設置されていた筈のベンチが浮き上がる。康貴が蹴り上げたのだと気付くには大分時間が掛かってしまったが、それすら気にした様子も無く、康貴は笑った。

「あちゃー…、鈍ったかも」

本人は不服そうに右足を上げたまま、首を傾げる。「昔は粉砕出来たのよ?マジだからね?」と言い訳を並べ始めた康貴に、八尋は知り得もしない安心感を覚えた。そんな、意味すらどうでも良かったのかもしれない。

(背には太陽を浮かばせて)
(にんまり顔は猫のよう)
(それでも覗いた犬歯は)

(全てを喰らうバケモノの物だ)



「―――八尋に近付くんじゃねーよ、ド淫乱ビッチ」

赤い舌を覗かせて、立てた中指を相手に向ける。予定では黒く塗り潰していた爪なのだが、入学早々はやめろと止められていた事を思い出して舌打ち。本人の前で不満を漏らさない辺り、出来た人間だと胸を張りたくなる康貴を誰か止めて欲しい。

背に庇うように立たされたかと思えば、横抱きをされると言うミラクルワンダホー。一気に駆け出した康貴に、目を見開いたのは迅太か八尋かは分からずに終わる。

「だいじょーぶ?ヒロやん」
「ごめん。だいじょーぶだから」

エレベーターでは無く非常階段を駆け下りる背中を、ただ眺めた。





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