箱庭本編 | ナノ




 腕の中の君は遥か彼方


想像と違う?いや、想像よりも酷かった。

「我が君、今日の式典での事でお話が」
「ああ、分かった」

少ない言葉で、たっぷりのアイコンタクト。この二人は愛し合っているのではとよく分からない仮定を立てる。まあ、そんな仮定を立てる必要が無いくらいには、副会長である男の想いは一方通行なのだが。

―――まあ、話は引き受けたので。立ち上がっては「戻らせて頂きますね」と一礼。美樹が下げた頭を一瞥した慎は、思い出したかのように取り出した革状のそれを美樹の左腕の、丁度二の腕辺りに巻いた。

真っ黒なブレザーに赤を貴重として金糸のラインが入ったそれ。まるで首輪のようだなと思いながらも、首を傾げて問う。

「何ですか、これ」
「君名持ちの証だ」
「………はあ」
「失くさないで下さいね。再発行は出来ませんから」

麗しい笑顔を見て首肯。ひとまず退散だと歩きながら息を吐く。真朱の扉を開けて廊下を出れば、目の前を駆けていく紅に刮目。何だ何だと騒ぐ生徒に漏れた溜め息は何を表すのか。

実家に居る従兄弟ならどうしたのかと飛びかけた思考を引っ張り戻す。「何をやっているんだ」呟いて、ポニーテールになった髪を見送った。―――似合ってるな、相変わらず、なんて独り言だろう。







「あ〜、ヤヒロン見つけたぜよー!」
「ぎゃっ!!」
「ヒロやんーーー!!!」

設置されたベンチに腰掛けて数分。特徴的な訛りを披露しながら八尋に抱きついた男は、その長身にバランス良く付属されている手を八尋の首に回した。

「ウチがヤヒロン見つけたんじゃ!ヤヒロン、遊んでー!」
「首、絞まって…ッ!!」

青褪める八尋と焦る(振りをする)康貴。三人の後ろではダサいと称された魚の噴水が水を噴き出している。ガチで死ぬんじゃね?思わず中学時代が走馬灯のように八尋の頭を支配した。

「ヒロやんから離れてよー、パッツンさんやい」
「んん?君はどなた?ウチはヤヒロンの飼い主さ!」
「訛るのか訛らないのかハッキリしてくんない?」
「あれれ?怒ってる?君、怒ってる?」
「あは、そう思うならヒロやんを離せっつってんだよ」

般若が居る。思わず肩を震わせた八尋に気付いた男が、ニコリと笑って八尋から離れた。「ヤヒロンが浮気さしてんの初めて見た〜」暢気に笑うこの男がさらけ出す余裕が康貴には気に食わないのだろう。

眼鏡を反射させて、康貴は八尋を抱き寄せた。これはあれか、三つ巴か…!?一瞬にして思考が第三者のものになった八尋を咎める人は居ない。康貴の肩に顔を埋める事になった八尋は悶々としながらも、二人の会話が終わる事を願った。

「お名前教えてちょーだい?」
「笹塚康貴」
「ヤッスンね!シクヨロ〜!」
「人に名乗らせるだけなんだ?此処の生徒って」
「おお、忘れてた。ウチは椚迅太さあ!ほーら!握手するぜよー!」

伸ばされた手を振り払う。康貴は一瞬で目の前の人物に見せつけるように八尋の髪に顔を埋めた。歪んだ笑顔に「ざまあみろ」と呟く。

腕の中の八尋は「鬼畜攻めだったのか!?」と息を荒くしながらも、康貴のブレザーを握り締めていた。




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