箱庭本編 | ナノ




 君を守るいくつかのこと


「オニ先輩、来るかな〜」
「場所分かんないと思うけど?つか、呼び方…」
「……おふ、忘れてた!」

あちゃー、と言わんばかりに右手で顔を覆いながらも、エレベーターによって辿り着いた屋上庭園に足を踏み出した。広い。広すぎる。ザ・庶民である二人は暫く辺りを呆然とした表情のまま見渡したが、真ん中に存在した噴水を見つめて噴き出した。

「ダサッ」
「魚、じゃないの?これって」
「何で魚〜?訳分かんね!」
「確か、魚座の意味があった筈だけど…」

ふむ、とわざとらしく呟いた八尋は目の前の一際大きな魚の像から吐き出される水を眺める。水晶のような煌めきを放ちながら、悠然と在る姿は感嘆を覚える事だろう。噴水の中央で上向きに吐き出す水が虹を作ったまま。

「虹かよ」
「虹だねえ…」
「でも、」
「魚が残念じゃなーい?」

両者同じ思いらしい。顔を見合わせて頷きはするが、やはり視線は一瞬でダサい魚の噴水に戻ってしまう。―――正式名称を知らない二人に『ダサい魚』と呼ばれる事になるのは、噴水を設置した副会長のみぞ知る。







見たくなかった夢。それはただの真実で、否定し続けていたものを目の前に置かれた気分だった。「おった。雫兄ちゃん、みーっけ」いつも見つけてくれたのは、違う人。二年前のあの日から、自身を見つけるのは双子の弟の役目に変わった。

「兄ちゃん言うな。気持ち悪いわ」
「え、それ言うてまう?あかん、あかんで、雫!」
「用が無いんやったらどっか行け」

ツンとするのは身内にだけ。それを知ってる片割れは笑みを深めるだけで何も言わない。それさえも分かっていたからか、雫と呼ばれた男は、桃色の髪に付いた桜の花弁をどうにか取ろうと躍起になる。「俺が取ったろか?」「要らん」即答だった。

同じ顔をした片割れが、「雫?」と己を呼んで笑う。「双獅、」同じように返して笑えば、満足そうに深めた笑みを雫に見せた。

「新しいゲームでもしてたん?」
「ん、インストールするだけでやってない」
「俺がやってもいい?」
「うん」

仰向けに寝転んだ雫のカーディガンのポケットからスマホを手にした双獅は、笑って操作を始める。然し、一瞬だけ強張った笑顔はタイミング良く差した太陽の光に遮られ、雫には見えないようになってしまった。

どうかしたのかと問おうにも、双子特有の空気間が可笑しいと感じてしまったのだ。戸惑いを覚えてしまった雫は、双獅の異変に気付きながらも口を出さずに居る。

これこそが空気を読む、と言う事だろうと雫は心の中で誰でも無い自分に向かって呟いた。

「―――…今更、出てくんな」

呟かれた言葉は届かなかった。雫は夢に見た敬愛すべき人に想いを馳せ、双獅は片割れを屈伏させる存在を妬む。これがあって正しい形だと笑った人を二人は知らない。

―――削除されました―――

画面に映し出されたそれに満足げに笑ったのは誰なのか。「お月サマにもお天道サマにも雫はやらんわ、バァカ」乾いた唇を舐めながら、何度目になるかも分からない嘲笑を込めた。

一人、望んだ人への手掛かりを失ったのである。




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