曖昧な境界線
『To:わんにゃんズ
Subject:太陽だよん
新規アドレスでこにゃにゃちわん!
お前等は元気にしてますか。俺はお前達の飼い主とイチャラブしながら毎日を過ごして、毎日泣きたくなる程幸せよん(ノ´∀`*)
今日からは新たな生活が始まる事でしょう。桜が満開でダーリンは餅が食べたいって朝からクスンクスンしてたんだけど、自分で作って食べてたよん。もち、俺も食った!
再度聞きます。
…ねえ、お前達は元気ですか?
今日も太陽が晴れやかです。皆が俺にくれた名前とおんなじのが空にキラキラキラキラ。輝いて鬱陶しい。俺の目に痛いよ。
大きくなったんだろうね。お前達の第二次成長を見れなかった世話係を罵ってもいいのですよ。
お前達が大好きなお月様の遣いより』
いつ送られていたのかと気付かなかった一通目。
『To:わんにゃんズ
Subject:紅毛の狼に告ぐ
エラメ来ないから、お前達はアドレスまんまなのね!関心関心。
紅毛の狼へ告ぐ!
Me locan!(俺を見つけろ!)
主の危機はお前の危機だろう?』
そして、ラテン語で書かれた文字に、眩暈。
◆
ベキ、と鳴る。鈍い破壊音と共に真っ白な廊下に深紅の破片が零れ落ちた。脳裏に過ったのは、先程まで笑顔で彼の人と居た筈の愉快犯な副総長の顔。―――危機?何だそれは。使い物にならなくなったそれを投げ捨てて、肩に流れる紅毛を高く結い上げる。
「ンだと…?」
「え、何々?どしたん?」
「シュンさん、どうかしたんですか?」
耳に入らない。耳に残ろうともしないノイズ。雑音が煩い。肩に触れようと伸びてきた何かを振り払って走り出す。二つのノイズが耳を通り抜けていくが、網膜に貼り付いたように残った言葉が焦燥に繋がった。
副総長は愉快犯である。チーム内でもよく見掛けられたその性格の片鱗を竣だって知らない訳では無い。ただ、総長である彼についての嘘は聞いた事が無かったのだ。―――…だから、だから。
「クッソ!!あのバカ総長!!勝手に突っ走ってんじゃねえだろうなァ!?」
バカはバカでも自由バカである。自由人で、やりたい事は絵を描くか、歌うか、料理を作るか。例を挙げると不良よりもただの芸術家のようだが、そんな彼に翻弄されてきた日々は二年前の事だろうが鮮明に覚えているのである。
自身より大きい背中が好き勝手歩くのをただ追い掛けていた。振り返って、瞳だけで器用に笑う人。やっと会えた人なのに、そんな人に何が起こったのか思考が上手く働かない所為で想像も出来なくて。
陸上選手真っ青のスピードで寮内の廊下を走る。上げた声も、耳の良すぎるあの人なら聞こえるかもしれないと。哀願にも似た声色で叫んで、確かめる。
「―――越前美樹ィ!!!」
初めて口にした名前。何度聞いても教えて貰えなくて、それをただの我が儘だと言い聞かせた中二の春。『ヨシはね、賢い子は好きなんだよ』『ヨシは我が儘な子は嫌いだったかなあ』『シュン、知ってる?…ヨシはね』まるで呪詛のように聞かされ続けた言葉。
『ヨシ』『ヤス』と呼び合う二人しか知らなくて、間接的に聞かされた言葉に従ってきた一年は、まるで夢のように幸せだった。だからこそ、傍に居たかったし、離れたくなかったのだ。